黎明の翼

14


 「角が、なくなってる」  ナージュにそう言われて、セイはやっとユニコーンの美しい角が、根元から折られていることに気がついた。血によって深紅に染まったユニコーンは、みるからに弱りきっている。だがいま一度、倒れそうな体に力を振り絞って身を起こすと、セイに訴えるようにして目をみつめてきた。  「シェン、どうしたの、なにがあったの?どうやってここがわかったんだい」  触れようとするセイの手を拒んだ。まるでわずかでも体に刺激があると命が尽きてしまうように。  「これが第四王子の守護機か」  ギュルヴィは尋ねてから、苦々しそうに言った。  「ベールはどこまで禁を犯す気なのだ。幻獣の復活は古来よりの禁忌であったはずだ。――いや、それよりもこの場合、アシュナ王子の身になにか起こったとみて違いないだろう。守護機が主人を置いて、このように遠くまで来ることはまずないはずだ」  「アシュナに?!――ねえ、もしかして、アシュナがボクを呼んでるのかいシェン?」  ユニコーンがそうだというように喉を震わせ、急いてまえ足で床を蹴った。  「アシュナはおまえに助けを求めているのだ。ユニコーンがその心に反応して、おまえのもとへ導かれてきたのだ」  「だ、だったら急いで彼のところへ行かなきゃ。アシュナにもしものことが起こってたら!」  飛び上がらんばかりに言うセイに、ナージュが答える。  「まだ大丈夫だ。守護機と主人は体内組成でつながっているんだ。主人の何らかの変化は守護機に直結している。まだ、命に別状はないだろう」  「まだって、あってからじゃ遅いよ!」  「セイよ、わたしも共に行こう。どうやら逃げてばかりではいられなくなったようだ。わたしも覚悟を決めたよ」  ギュルヴィの苦悶の表情に声をかけようとして、セイはナージュに肩を抱かれて止められた。それが合図のようにユニコーンの体が発光した。爆発に飲み込まれたように意識を失いかけた。  その直後――またもやあの大きな鏡の前に立っていた。  アシュナの部屋だった。  セイはおもわず吐き気がして、支えいたナージュの腕にすがった。あまりにひどい瘴気にあてられてしまう。彼の腕の熱さが体を巡ると、不思議と全身が楽になる。  「ああっ!」  セイがたまらず声を上げた。ようやくまわりの状況が認識できるようになり、一番に目に飛び込んできたのは、うずくまったシェンの哀れな亡骸だった。  「シェン……」  「最後にすべての力を開け放したのだろう。ユニコーンはもともと時空をわたる幻獣。だが、完璧な遺伝子配列で復活させたのではなかったために、組織が破壊されてしまったのだ」  シェンを悲しそうになでていたセイの肩を、賢者はたたいた。  部屋を注意深くさぐっていたナージュが言った。  「あれはっ?!」  倒れる人影にセイは悲鳴をのみこんだ。先に駆けだしたナージュのあとを追う。  「モーナ!モーナどうしたのしっかりして?!」  乱れたベッドの陰に、投げ捨てられたように倒れていたのは、モーナだった。  息はすでに浅く、青くなった口の端から垂れた血がかたまりかけている。  「モーナ、モーナわかる?」  ナージュの腕の中のモーナに必死で呼びかけると、彼女はわずかに目を開けた。  「ああ……セっ、…ア、アシュナ様が……」  「しゃべらないで。いま手当をするから。じっとして」  モーナはそれでも起きあがろうとして、セイの顔に手をのばした。  夢でなく本物であることがわかると、放心したように体の力を抜いた。  「セイ、あなたなんてキレイ……ああ、よく来てくれ……。王宮はもう、ダメ……悪魔が…。アシュナ様は連れて、ゆかれた。救って……・あのかたは心根のやさしい、本当に優れた、……人の痛みのわかる……」  ゴフッと血を吐きだした。  「モーナ!」  「セイあの方は……あなたのことを慕って……」  ギュルヴィがモーナのそばに膝を着いた。優しげにのぞき込み、頬に手をそえた。  「モーナよ、わたしがわかるか。あの小さな可愛いモーナが、アシュナの乳母だったとはな」  「ギュ、ギュルヴィ様?!――まさかっ!」  目を見開き、それから、静かに笑った。  「ああ……ああよくお戻りに。ギュルヴィ様、でも、もう城は……」  「わかっている。よくわかっている。モーナ、よく我慢してくれたね。よくアシュナと城を守ってくれた。どうかモーナ、すまなかった」  「いいえ……いいえわたしは、ただ、見ているしかできなかった・・・・ギュルヴィ様!ああ、ラ、ラシアさまが、ラシアさまが王に――。エドリさまも、もはや……。もう、申し訳ございません。王が、ゼダが――」  「モーナ!ラシアがどうした、エドリになにがあった?!」  ギュルヴィにあきらかな緊張が走り、問おうとしたが、だがモーナにはもう聞こえていなかった。  涙のたまった目は自分をしっかりと抱いていたナージュだけを映しだしていた。  「ナージュ様……ナージュ様わたくし……お、お慕い、申し上げておりました……一目みたときから、あなたが…」  手を伸べようとして、ぱたりとおちた。  「モーナ……?」  モーナの体はそれっきり動かなかった。  その表情が笑っているように見えることだけが、せめてもの救いだった。  セイは唇を噛んだ。  「なんでモーナがこんな目に……ッ」  セイは涙を腕でぬぐった。  そっと床におろされたモーナの手を、賢者が胸で組ませた。  「モーナはその昔、先王の御代にあったころは、ごく普通の貴族の娘として王宮に仕えていたのだ。婚約も決まり、あのころは幸せに光り輝いていた」  そう、自分も幸せであったのと同じように。彼女は言った。  「それをベールが王となり、ゼダによって引き裂かれてしまったのだ。男の出世のために、モーナは婚約者みずからの手で売られた。――子宮をね、やつらに盗られてしまったのだよ。それ以来モーナは心を完全に閉ざし、本当に笑うことはなかった」  「……そ、そんな、ひどい!」  「そう、ひどい。ひどすぎることだ。あれほど明るく美しかったモーナが絶望にひしがれてしまった」  ナージュが彼女の体をべッドに寝かせると、シーツをかけた。  「彼女の望みはアシュナを救うことだ。いくら悼んでも、もう死者は帰って来ない」  だれよりもナージュはその痛みを知り、理解している。どんなに嘆いてもシアは帰ってこなかった。  「そうだね。はやくアシュナを捜さなきゃ。でもいったいこの広い王宮のどこを捜せば……。ああ、シェンがいればすぐわかるのに!」  「十二の扉の塔だ。あそこで、ほとんどの魔術と実験が行われている。なぜならあの塔の高みには次元の――」  ギュルヴィがむっつりと黙り、言葉を濁した。セイは塔で見た水晶の髑髏と、そこで会った顔を焼きつぶされた片翼の女性を思い出していた。  ピリッとした痛みを竜玉にうけた。ナージュが顔をしかめた。  「セイ?どうした、痛むのか」  「大丈夫、たいしたことないよ」  「さっきからやけに竜玉が反応しているな。色がぼやけてきたような気がするが」  セイのほっそりした背に手をかけ、ナージュが心配げに瞳をのぞきこむ。  ギュルヴィがその言葉で、なにか重要なことを思い出したようだった。  「そうだった!まだ大切なものが足りないのだ。竜玉にとって一番大切なものが」  「まだスタートレットの星以外にまだ足りないものがあるのか?!」  「竜の歌姫の歌だ。歌がなければ竜玉は育たぬのだ」  「――それは」  さすがにナージュが絶句する。それは失われてあまりにも久しすぎる。  セイが不安を隠しきれず彼の服をギュッとにぎった。暗欝とした沈黙が漂った。  ドンッという鈍い音が空気を振動させた。青い炎の噴射が窓のむこうにのぞいた。  「なんだ?!」  いっせいに振り返る。白い煙がたちのぼり、塔の中から火の手があがっていた。  十二の扉の館、魔道士の塔が爆発していたのだ。  セイとナージュは目を見交わした。アシュナがそこにいるかもしれないのに。  外から慌ただしい騒ぎの声があがった。パニック状態となり、みな逃げまどいはじめているらしく、混乱した靴音が高くひびき、悲鳴と喧騒でごったがえしている。  三人はそれに乗じるように飛びだすと、騒ぎに紛れながら塔へと向かっていった。  火はかなり焼けひろがっているらしく、城の外も中も、煙でくすぶっていて、視界がひどく悪くなっていた。それは結果的にはよかった。消火にあたる者や逃げ出す者と、だれもが混乱してセイたちを見咎める者はいない。  セイは、賢者とナージュの後を必死でおった。だが通り抜けようとした広間でふと足を止めた。  「セイどうした?」  二人は足をとめた。セイは引かれるようにそれにふらふらと近づいていった。  粗大ゴミでもあるかのように、庭に無意味に捨てられている。それの前で立ち尽くすセイの横へ、ナージュがよってくる。  人間と怪物の混合された体。おぞましいキメイラである。  ネルサとヨギの――第二王子と第三王子の変わり果てた無惨な姿ではないか。  「これは、いったい人間なのか?」  ナージュがそっとそれに触れてみた。キンッと乾いた音がした。  ネルサの上半身が水晶のように透け、締りのない肉体が硬質に光り、内臓が透けて見えていた。その下半分は鉛となって黒く固まっていて、ひどく臭い。  ヨギのほうは、右の半身が獣変し、ハ虫類系のぬめる皮膚が鋼のような鱗と混ざっていた。火膨れたように盛り上がっているのは、彼の右の腕と結合している毒蛇が、炎を吐いたために、自らの左腕を灼いたのものだろう。  「人とは思えない姿だな」  「だって、だって王子なんだよ。王の息子だったんだよ、なのになんでこんな姿に」  血のつながりはなくとも、王が息子と定めた少年たちのはずだった。  セイは悪寒が走った。  ギュルヴィは眉をひそめ、考えを巡らすように銀の目を伏せた。ぞくりと身をふるわせ、呼ばれるように中庭に目を向けると、息が詰まったように目を瞠った。  アカパーナの門だった。  すでに城のどこからでもそれは目にすることができるようになっていた。黒々と悪意にてりを深め、目下で巻き起こっている無秩序な地獄絵巻を、まるで楽しんでいるかのごとくヌラヌラと光っている。なんという邪悪で、なんという巨大な門なのか。  「この力は、まさかっ?!」  「ゼダが言ってた、古代魔王国を復活させるための門だって。でも、まさかこんなに大きくなってるなんて。ボクが前にみたときはこの半分もなかったのに」  「このようなものを復活させるとはなんということか!これはこの世にあるべきものではない!」  「この世のものじゃない?」  「あの力だ。あの力をこんなものに使うとはゼダのやつ!――だがなぜ番人が動かない。どこに門番はいったのだ?!」  あまりの激しさにセイは驚いた。こんなギュルヴィを見たことがない。  「賢者、この城には何があるのだ?何をあんたらは隠している」  ナージュのとがめるような問いに、賢者は切れるような真剣な眼差しをむけた。  それから壁に掲げてあるメリジューヌの肖像画の前にまで足を進めると、絵に手を触れた。  「ギュルヴィ?」  セイが声を上げた。  だがかまわず、絵に埋め込まれている指輪の真珠を押さえた。絵がガクガクと動きだした。抜け道があらわれる。  そこへためらいもせずに入ってゆくのに、二人も慌てて追いかける。地下へとまっすぐ続いていた。薄暗いひんやりとした空気がうっそりと溜っている階段を降り、廊下をわたるその確かな足取りは、間違いなく城の構造を知っている者だ。  「ねえギュルヴィ、ギュルヴィってもしかして王家の人?」  ギュルヴィは小走りしていた歩みをゆるめた。寂しげに顔をむけ、頷いてみせる。  「かつて、そう呼ばれたこともあった。だが、それも、遠い昔のことだ」  憔悴しているかのような表情はとても痛ましい。  「王家とは、もともとはこの城の守りを任されていた一族のことだったのだ。城に眠る力を守護し、他の悪しき者に悪用されぬようにと、かのお方たちから命を受けていた番人にすぎぬ。だがその力の秘密を守るうちに、不可思議な影響力を受け、ある種の超常の力と長寿を得てしまった。それがいつしか我々を王家と呼ばせるものとなり、愚かにも、それに自惚れるものが出て、記憶を忘れた一部の者たちによって、みずからが世界を治める者だと勘違いするに至ってしまったのだ」  「あなたたちは、何を守っていたの?」  ギュルヴィはセイの背に手を当てた。懐かしむように目を細めた。  「セイよ、我が一族は『路』を守り続けてきた者たちなのだよ。異次元へとつながる、まったく別のエネルギーに満ちた通路をな。だれも知り得ない未踏の世界への境目。異次元の回廊。そこは、ありとあらゆる力に溢れている。だがそれはこの世界をねじ曲げ、滅ぼすことさえ容易い危険なものでもあるのだ。高次エネルギーをもつ、宇宙線がいくつも交差した、次元空間が、そこにはパックリと開いているのだよ」  この宇宙にあるもの全てはエネルギーの波動で成り立っている。物質とは波動の、凝り固まったものであるのだ。  その振動数の変化によって個々の物質が生まれ、また消滅もする。  世界はバランスで保たれていた。プラスとマイナスの率が狂えば、たやすく虚のエネルギーがそこから溢れなだれこんでしまう。均衡の成り立たぬエネルギーの増幅によって、この世の法則が破壊してしまうのだ。そのよい例が虚の海であった。  「あれは恐ろしい力だ。波動律を変換させることにより、まったく異次元の生物の、発生が可能なのだ。だがその穴は番人により守られていたはずだった。なぜこうなったのかはわからない。すべてはあの魔法使いが現れてから、ということだけは確かだ」  「そんな異次元の穴がなぜそこにあるんだ」  ナージュが問うた。賢者は首を横にふった。  「それはわたしなどにはわかりえぬことだよ。創造主の意図によるもの、としか言えぬ。ただ、その穴を守るよう我らに示したのは、セイ、おまえの一族だ。有翼天人の王、おまえの父だよ」  「ボ、ボクの父様?それはどう――」  ズドンッという爆音がして建物がおおきく振動した。三人はハッとした。  「急ごう!」  ギュルヴィがふたたび走りだした。  無言のまま、いくつかの小さな通り穴を抜けた。しばらくして階段の踊り場にさしかかる。そこから十二の扉の館へと続くらしく、遠くに人の声が聞こえてくる。  さらにその奥へと向かうにつれ、だんだん閑散としたカビくさい陰気な風が流れはじめた。建物自体に、まるで凶鬼が巣喰っているような霊気がただよっている。  「ここは王家の幽閉場だ。不具者や王の血縁にそぐわぬ者を一生ここへ監禁した」  鳥肌が消えぬほどの暗鬱さがこもっていた。セイはナージュの腕を握らずにいられなくなる。  フッと黒い影が横切った。床がぬらぬらと黒光していた。間違いなくなにかが通った跡だ。腐臭がたちこめ、血の臭いが鼻腔を突き刺した。  「まさか穴の番人?!」  ギュルヴィはつぶやきその影を追いかけた。そのあとを二人は走り、壁面につきあたった。影は追いつめられように、ぐるりと振り返った。  体が硬直した。腐った死者のにくで編まれたような臭い。悪鬼でさえ恐れをなし逃だすおぞましい姿。その怪物が口にくわえていたのは――。  「エドリ……?」  つぶやくセイに、賢者はギョッと目を剥いた。それを凝視した。  だが口元に二つ折りになってぶら下がっているのは女の姿だった。破れた服からのぞく二つの胸にほそい脚。  なだらかな腹へ続くラインが、なぜかすこし膨らんでいる。  だがその顔は、間違いようもなく第一王子エドリその人のものであった。  怪物はエドリを手に抱きかかえると、野獣の咆哮をあげた。  「エドリ!」  セイがはっきりその名を呼んだ。まだ意識があるのか、頬の肉が動いた。瞳孔の開きかけた目をわずかにあける。そこにはもう正気の色はない。  ギュルヴィがうめくように言った。  「エドリは、男であったはずだろう?!」  怪物は大事な人形をかかえるように威嚇した。ナージュが二人を後ろへとまわした。  それは殺気をみなぎらせ、手にしたものを盗られるのを恐れるかのように、殺気をこめる。その影の足もとから女の姿がのぞいた。  顔のない女だった。――腰から下がない。  「ラシア!!」  「ギュルヴィ?」  ギュルヴィが絶叫した。顔色を失い、何かをわめいた。  セイは耳を塞いだ。それは呪歌である。  破壊の魔力をもった呪いの言葉は、稀代の歌い手の叫びよって、高音の衝撃波となり窓のガラスを粉々に砕いていった。近くあるものが次々に破裂し、破片がとびちる。  「賢者!賢者、しっかりしろ!」  ナージュが彼女の肩をゆさぶった。ギュルヴィは叫ぶのをやめガクリと体の力を抜いた。ナージュのそばに倒れているセイをみて我を取戻したように苦しげな息をはく。  それから恐る恐る怪物に目をむけた。怪物はギュルヴィの悲鳴におびえて縮こまっていた。それでもエドリだけはしっかり握りしめて離そうとはしなかった。  母さん――。  顔のない女が――ラシアの口がそう動いた。  「ラシア、ラシア生きているのか!」  ギュルヴィは走った。止める間もなく強靱な力でナージュの手をふりはらった。  「賢者!」  追いかけようとしてふらついたナージュを、ようやく立ちあがったセイが力なく掴んで首をふる。  ギュルヴィは怪物の汚物にまみれたラシアを抱きあげていた。苦しみの表情さえ作れぬラシアを、固く抱きしめると、変わりはてたその姿に引き裂かれるように哭いた。  「ラシア、ラシア、ラシアああっ!!」  ――母さん。もう、わたしもエドリも、ダメ……。逃げて、もう、ダメなの。エドリのお腹のなかには怪物の……が……。  泣き声のようにうめき、ギュルヴィの手の中でラシアの魂がはじけた。  飛来した彼女の思念のひとかけらが、セイに飛び込んでくる。  強烈な思念だった。  セイに訴えていた。そこで何が起こったか、何をされたか。まざまざと見せつけて、ひどく哀しげに泣いていた。ゼダの悪魔の実験材料とされたエドリを――実の息子を、ラシアは命をかけて守ろうとしたのだった。  だが時おそく、変わり果てた姿となったエドリを、彼女はひそかに連れだした。  それでも怪物は執拗なほど躍起になって追ってきた。まるで自分のたいせつな玩具を取り返えそうとするかのように。  ついに彼女は覚悟をきめた。塔に火を放った。狂気の元凶を道ずれに、気高く死を選ぼうとしたのだ。だが炎に浄化されるまえに怪物に捕まってしまった。  死は一番残酷な方法をとって、ラシアを裏切った。  「きさまは異次元の守護者ではなかったのか!なにゆえ狂うた!どうしてわたしのラシアを、エドリを恥ずかしめおったのだ!!」  賢者から鬼気がゆらめいた。怪物がズルリと身を震わせ肉が崩れて黒く床に落ちる。  『ど、どうして叱るの。怖いよ。だって寂しいんだもん。ボクの家族――ママ、くれた』  怪物の赤い目がとまどうように点滅している。  『ボクの、子供。ママ造ってくれる』  「ふざけたことを言うな!ママとはだれだ!家族とはなんだ!!」  「ギュルヴィ、エドリのお腹が!」  セイが指さした。エドリの下腹の小さな膨らみが上下をはじめた。  だんだん大きく激しくなり、ドックンドクンと恐ろしい音が聞こえてくる。  黄泉から響いてくるような呪わしい音。それは胎動である。  『ママ、ボクの子供産まれるって。成功、エドリ成功。女、子供うむ。ボクの家族、子供の種、入れた』  「――ゼダァッ!わが孫、わが娘をよくもここまで愚弄しおったな!許さぬ決して許さぬ!!」  地獄の深淵から立ち上るのは憎悪と怒り。ギュルヴィの銀色の髪がユラリと逆だつ。  「賢者!やめろ」  ナージュが叫んだ。制止しようとして、セイがいきなり倒れ込んだのに驚き、抱きかかえる。セイの身体が薄く光をおびる。  「セイ?」  「熱い……身体が変だよ、熱で溶けそう……ああ、分解しちゃう、助けてっ!」  竜玉が赤く灯ったり消えたりして、瞬いていた。紫の光があえいでいるかのように苦しげにみえる。  背後から大きく裂ける音がした。ハッとして二人は見た。  ギュルヴィの姿が怪物にめり込んでいた。まるで同化でもしようといわんばかりに、怪物のおぞましい腐肉に彼女はもぐりこんでいた。  ギュルヴィの姿が怪物に消えるにつれて、溶け続けていた腐肉の波がとまる。なにが起りはじめたのか、粒子が衝突しあうような光が発生し、乱雑にはじけていった。  「賢者!」  もぐりこんだギュルヴィがこちらを向いた。怪物の細胞の中に消えながら、彼女の表情に寂しそうな笑みが浮かんでいた。  セイの情けないほど崩れた泣き顔に、微笑んでいたのだろうか。  ――セイよ、美しき有翼天人よ。嘆くことはない。わたしはおまえの一族に連なる者。  「ギュルヴィが、ボクの……?」  ――わたしは先王の第一王女として、有翼天人と結婚していたのだ。そう、わたしはかつては、かの麗しき翼の方と結ばれていた幸せな女だった。あの方を愛していた……。初めてで、そして最後のひと。ただひとりの夫。  ――ああ、あの方は美しかった。わたしは幸せだった。だれよりも愛し、あの方もまたわたしを慈しんでくれた。  意識が遠くなりかけているのか、視点が定まっていない。  ――そうして産まれたのが娘のラシアだ。……だが、わたしは逃げてしまった。あの男が、ベールが玉座につき、我が夫を殺してしまった果てに、ラシアまでもを奪ったそのとき、絶望に打ちのめされ、城から逃げ出してしまったのだ。  ――ベールは情に溺れ、メリジューヌを手に入れるがためだけに、彼女の一族を滅ぼそうとした。我が夫はそんなベールを諌めた。だがベールはすでにゼダに惑わされていたため、あの方が、玉座を奪おうとして反乱を起こしたと讒言し、あの方を――我が最愛の夫を殺してしまった。だが本当は、やつは翼の一族であるあの方の美しさと、有能さを妬んでいたのだ。  ――わたしはあの方が殺されたとき、悲しみに気が惑い、正気を失ってしまった。おのれの苦しみのみに目を曇らせ、自分が救われるためだけに、この呪われた城を逃げだしてしまった。娘が殺されたということを鵜呑みにし、私のすべてを失ったと思いこみ、一族も城も、国の未来をも捨てたのだ。  賢者の身体はほとんど怪物に消えた。  ――わたしはあの方だけを愛していた。わたしにはそれだけだと思っていた。  ――だがセイよ、それは間違いだった。あの時すでにわたしはゼダの存在に気づき、こうなることをどこかで予感をしていたのだ。止めることが出来たかもしれなかったのに、そうはしなかった。どうやらわたしは、美しく気高い、翼の方の妻には相応しくなかったようだ。もう、資格さえも、ない。その報いのために、こうして娘も孫も、わたしの負うはずの地獄を、味あわせてしまった。わが身がなんと呪わしいことだ。  「ギュルヴィ!そんなことないよ。ずっとボクを導いてくれたじゃないか。あなたがいなければ、ここまで来れなかった。あなたがボクを救ってくれたんじゃないか!」  ――いいやセイ、わたしは道をわずかに示したにすぎない。すべてはおまえの力、そしておまえを思うナージュの心だ。セイ、どうか、この世の変動を正しておくれ。さもなくばあの穴を塞いでおくれ。どうかわたしの悔やみを――。  「ギュルヴィ」  声がさらに薄れかすれていった。  ――いつもおまえの泣き顔ばかりを見ていた気がする。嘆かなくともよいのだセイ。わたしの身体は、遠い昔、異界の穴に接したときに、すでに振動率を乱していたのだ。そのために、老いることもなく、時をとめてしまった。こうして、こやつと同化して調和を戻そうとしているが、もしも、それが戻らぬ時は――正気とならぬ時には、この次元の守護者を殺しておくれ!そしてベールを、ゼダを永遠に抹消して。……ああセイ、あの方の血をひく者。わたしはあなたの一族の美しい物語をよく聞いていた。わたしには夢物語だった。  眠るような静かな声だった。  ――かつてはわたしも愛に盲しい、心を閉ざした者だった。だが、ナージュよ、おまえはまだ失ってはいないのだよ。真実はいつでもそばにある。気づき、手をのばせばよいだけのこと。  玲瓏とした銀の声が、怪物の中にあまさず飲みこまれ、永遠に抹消してしまった。  「ナージュ、ああ、消えちゃうギュルヴィが消えちゃうよ!ギュルヴィを助けて!」  セイはナージュにすがりついた。必死に、どうすればいいのかわからず叫んだ。  ぞろりと化物が身体をひきずった。  瘴気の塊が移動するようにふるえた。体をゆさぶり赤い目だけ煌々としている。  エドリがのけぞった。怪物の腕の中でだらりと垂れていた背中がおおきく反った。  瘤のように下腹がねじあがり、切れるように歪曲すると、にぶく一気に裂けた。  黒いかたまりが内臓といっしょに床に落ちた。血が、垂れる。  「な、なに、これは?!」  それは人型をした、黒い魔性の集積だった。  産まれたばかりのそれはズズッと石畳を這った。床をぬらしている怪物の体液をペチョペチョと舐めているではないか。  「ナ、ナージュ……!」  「セイ、見るな」  すがりつき顔色を失うセイの頭をナージュがおさえた。目の前のあまりの忌々しさから守るかのように。  『家族――家族。ママに見せなきゃ。寂し、もうない。子供……うれしい』  怪物は喜んだのか、抱きあげようとした。それはガッと牙を腕にたてた。腐肉を喰いちぎった。グシャグシャと咀嚼している。食べているのだ。  怪物は怒りに発狂したように吠えた。体躯がざわめきあがると、それを情容赦なく踏みつぶした。苺がつぶれるように、青い血が床にひろがる。  エドリの上半身が腕から落ちてラシアのそばに転がっていった。  怪物の身体が上方にのびあがり、天井を突きあげ、怒りのままに襲ってくるのかと思われた。だが怪物はそのまま天井へ吸い込まれて消えてしまった。  それにあわせて地震がまき起こり、泣きわめくような声が天井から聞こえてきた。  『いなくなった。ボクの家族いなくなった。死んじゃった。――寂しい。ママ寂しいよ。穴に帰ろう、もう帰ろう、みんな、もういない』  部屋のあちこちに響き、割れた鏡に反射するように幾つにも分解して、何度も繰りかえ聞こえてくる。  「ナージュ……」  セイの細い声がした。ナージュはセイを抱きあげた。  「せっかくギュルヴィが犠牲になってくれたのに、何も、変わらなかった……」  彼女一人では、もはや番人の狂気の暴走はどうにもならない。それほど歪み激しい。  怪物の瘴気や、あまりに悲しい惨事によって、セイはさらに衰弱してしまっていた。竜玉が、褪せて白らけたように艶をなくしている。  玉とセイの命はつながっている。すなわち、竜玉の死はセイの死でもある。  セイは城へ来てから、かなり精神的なダメージを受けすぎていた。城をとり囲むようにして深まりつつある波動の乱れと、竜玉の急激な成長により身体がひき裂かれようとしている。  セイの記憶を覆っていた霧が晴れるのにあわせ、身体に毒が溜るかのようだった。セイみずからも成長を早めているために、生体エネルギーがいまや枯渇し始めている。  「竜玉、やっぱりだめみたいだね……。やっぱりボクじゃ無理なだったのかなぁ。半人前の出来そこない……紅竜の言ってた通りだね――もう……」  「馬鹿なことを言うなセイ。まだあきらめるのは早い!」  「だって、わかるんだ。ボクだけでは、育てるには不充分なんだって。……なんでボクだったんだろう。もっといい有翼天人が生き残っておいたら、こんなことに、ならなかったのに。ギュルヴィとの約束、守れそうにないよ。ナージュだって、ボクみたいな出来損ないじゃなかったら、無理に起こされることもんかったんだ――」  「セイ!いまさらなに言ってる。俺はそんなことはもう――」  セイは、ほっそりした白い腕をナージュの首にまわした。彼の切れそうにきつく引き締まった顔に触った。  「ナージュが楽しそうに笑った顔、まだ見たことなかったね」  ふうっとはかなくゆらいで見える。いつの間にこんなに美しくなったのだろうか。  もはや純白の羽さえあれば、だれにも負けることのない、美の結晶そのもののような有翼天人の姿であった。セイはナージュを見つめていた。出会ったときから変わらぬ素直でまっすぐな熱い視線である。  「セイ……」  ナージュは一瞬だけ泣きそうな顔をして、それからセイに手を重ね、目をつぶった。  「ナージュどうしたの?ボク、なにか気に触ること言ったかなぁ。ごめんねナージュ。ごめん」  「あやまるな!」 ナージュはつらく眉をしかめ、言った。  つぎの瞬間、彼の漆黒のぬれたような瞳のなかに、セイの笑顔が映っていた。  凪いだ晴天の空のように優しくてしずかで、心のすべてを奪い去ってゆく。ナージュはどうしようもなく愛しそうに見つめて、瞳のなかへその姿を閉じ込めるように目を閉じた。  「ナージュ?」  ナージュはセイをきつく抱いた。鼓動が子守歌のように全身をつつんだ。  ぬくもりと痛みをわかちあうように、セイの意識がしぜんに薄れてゆく。  穏やかな心音が、ひとつのハーモニーとなっていく。  梢をわたる風であり、ふりそそぐ陽光であった。  野原の輝き、草の青々とした匂い。花をわたる風に小川の黄金のしらべ――それらすべて溶けあって、命の芽吹きのように雄々しくひろがってゆく。  セイは最初、それが歌だったとは思わなかった。ただ、ゆるやかな野に遊ぶ動物たちのささやきか、月光に照らされた砂漠を流れる風だと思った。  水が身体を潤しし、ひたしていく。地下深くねむる清水が地表にこぼれ、一滴の命のように、しずかに波紋をひろげてゆく。  その潤いはセイの命を呼び起こしていた。身体にくすぶっていた残り火を、また新たに燃えたたせ、溢れんばかりに、命の鼓動となってほとばしらせていく。  空気が甘かった。セイは産まれてきて、はじめて吸った空気のようだと思った。  とうとう、本当に解放されたのだ。身体の渇えがきえた。エネルギーを探そうと必死で絡みついていた触手がいなくなった。  竜の歌である。竜王に奉納されるときだけに歌われる、聖なる秘曲。  「これは、シアの声?――ナージュ?」  顔を見ようとしたが、セイはすっぽりと腕におさまり動けなかった。  清婉で朗々としていて、子守歌のようにやさしい声。腕の中で聞くその声は、心地よすぎてしまう。いまのこのひとときが幸せだった。  すべてを忘れ、竜玉も世界も、どこかに置いてきてしまったようだった。  セイは歌声の心地よさに頭がふわりとしていた。シアがどんなに優しい人だったか、その声だけで十分理解できてしまうだろう。  「セイ……」  歌声にまじってナージュの声がきこえた。  「俺には、おまえ以上に大切な者はいない」  「えっ?ナ――」  抱擁が強くなり、セイは彼の名を呼ぶことさえできな。甘い腕のぬくもりだけ。  ――ナージュ。  セイは涙がでそうだった。  彼の思いが、シアの優しい声と重なってセイのなかへふりそそいでくるかのようだ。  二人に抱きしめられ、二人の愛を受けているような至福が心をおとなう。  「セイ、助けて!いやだ、やめて――!!」  悲鳴だった。空気を切り裂き、二人の間をつきぬけて響きわたってゆくような熾烈な悲鳴。それは紛れもなくアシュナの叫び声であった。  「やめて……父様、お願いやめさせて!ヤダやめてよ、いやだ――!」  暴れるアシュナをむりやり押さえつけていたのは、白衣の神官たちだった。手には琥珀色の液体がみたされた注射器が握られていた。すでに何本も打たれた後だった。  注射器はどれも不気味な色合いをしており、打つたびにアシュナに不安と吐き気をおぼえさせた。神経が逆立てられるほどの嫌悪感である。  最初のころはそれでも我慢していた。だがその琥珀色の液体を見たとき、アシュナはどうしても我慢ができなかった。身の竦むような恐ろしさが本能でわかってしまう。  「いやだ、それだけは嫌だよ。やめてよ!」  「アシュナよ、わしの可愛いアシュナ。怖がることはないぞ。すぐに良くなる。すぐ、メリジューヌになれる」  泣きじゃくるアシュナを、ベールは楽しみでたまらぬと鼻息荒く興奮してみていた。  「父様は、ボクに何をする気なの?!」  「おまえはよい子じゃ。素直で可愛い子じゃ。おまえが一番従順で良い。一番心根が優しいし、似ておる。アシュナよ、父のことが好きであろう。大好きであるよのう」  「そ、それはもちろんです。でも――」  「そうであろう。そうであろう。聞きわけよういたすのじゃ。さもなくば、役に立たんようになるからな」  赤い舌が涎を舐めとる。  「わしを慕うとるか?愛しと思うとるか?おお、そうであろうとも。それでこそわしの妻に相応しい。おまえはわしの妻となるのじゃ。妻として生まれ変わるのじゃ」  「と――とう、様……なにを…?」  聞こえた言葉に、耳を疑う。今、なんと言ったのだ。  おぞましさのあまり、血の気が急速にさがってゆく。もはや正常とはいえない顔つきのベールに、アシュナは悪魔をそこにみていた。手足を拘束していた革の止め具が、さらに皮膚に食いこむ。  そこにいるのは狂人だ。妄想にとり憑かれた愚かな年老いた、狂人なのだ。  最後の救いかもしれないと思って振り返るゼダに、だがアシュナをさらに深い絶望につき落とされた。もっと酷く、ベールなど比べものにならないくらいの禍々しさだ。  人間の皮をかぶった異界の魔人。  造りものだった美貌を脱ぎさって、すでに醜くて残酷で、なにもかもが凶悪ななりをした魔術師の姿にかわっていた。疑いようのない本性をいつのまにかさらけだしている。もはや狂ったベールには、美しさでとりつくろう必要がないのである。  アシュナを押さえつける神官ですら、悪魔の手先と化していた。もはやだれひとり、ここには正常な者はいない。部屋に溢れんばかりの死の臭いは、無限の闇に属する呪いの声なのだ。  「アシュナ王子よ、そう心配なされることもない。第一王子で成功したのじゃ。必ず成功する。要領さえ得れば、のちは簡単なことよ。もうあと二本も注射をすれば、すぐに女となれるぞ」  「ボ、ボクが女――本気なのっ?!」  「多少は苦しむかも知れぬがの、伝説の美女メリジューヌ妃のごとく、美しいたおやかな女になれるのじゃ。のう、そう悪い話ではなかろう」  「いっ、いやだ!ボクは男だ!女になんかなりたくない!やめろ!!」  「これこれメリジューヌ、だだをこねるでない。おまえはわしのものじゃ。やっと帰ってくるのじゃ。わしを愛しとるであろうが」  ベールはクシャクシャの顔で耳障りに笑っている。青ざめるアシュナは首を弱くふるが、もはや目に入っていない。ゼダはまるで汚いものでも見るように鼻に皺を寄せベールをみた。蔑んだ表情のまま手にしていた杖をふり上げた。  ベールの首がへしゃげた。背中から半分に裂かれ血の霧が吹きあがった。どさりと体が横にたおれる。  「いやだ――!」  アシュナは悲鳴をあげた。顔に血が吹きかかっていた。ゼダは鼻を鳴らし、今まで同士としてきた男の死骸を、無情にも足で踏みつけた。頭蓋骨が割れ脳漿がとびちる。  「貴様などもうとっくに用なしじゃ、愚か者め。無能な俗物ぶりにはへどが出そうじゃわい。まったくこれが王だとは聞いてあきれる、低俗なブタめ」  「父様、父様――っ!き、きさまよくも!!」  「馬鹿が。おまえはその父親の強欲がために、生贄にされようとしたのじゃぞ。ふん、どうせ血もつながっておらぬくせに」  「うるさい!どうせおまえが父様をそそのかしたんだろう!」  「おのれの欲望と執着にうち勝てなんだベールが未熟であるまでよ。わしを使うたつもりで、わしに使われておったのよ。まんまと騙されておって。王の資格もないわ。アシュナ、おまえとてわれが与えてやった玩具にすぎぬ。むろん、おまえにはそのまま我が魔王国復活のために一役買ってもらうがのう」  「なにを企んでいる。これ以上この国をどうしようというんだ。何をする気なんだ」  「――生贄。おまえは我が一族を復活させるために、門を完璧に呼び起こすための贄として供えられるのじゃ」  ゼダの口が耳元まで裂けた。アシュナはゾワリとして口がわなないた。  ゼダは白衣の男から注射器を奪った。わざとに見せつけるように針を腕に近づける。  「や、やめろ――」  アシュナがもがく。縛られた手足に血がにじむほどに暴れるが、剛獣でつくられた革留めはびくともしない。琥珀の液体がようしゃなく腕に射ちこまれていった。  「我が手により、人工的につくられた美しい乙女が最後の贄となるのじゃ。なんとも劇的であろう。さぞあの方たちも喜んでくださるぞえ」  「や、やめて……」  太い注射の液が最後の一滴まで吸いこまれていった。アシュナはあらんかぎりの声でセイの名を呼んでいた。むなしい叫びが暗闇にこだましていった。

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