黎明の翼
12
「セイ!どこへいってたんだよっ!」
帰るなり待ちかまえていたのはレンだった。怒ったような顔をしていた。
「レン、どうしたの」
「どうしたじゃないぜ、まったく。いったいどこ行ってたんだ。さっきからずっと待ってたんだぞ。まあいい、急ごう。父さんたちが賢者のところで待ってるんだ」
「ギュルヴィのとこで?なんで?」
「出来たんだよ、銀が。俺と父さんとナージュが、それこそ死ぬほど駆けずりまわったんだからな。感謝しろよ。俺だってもうくたくただよ。まあそんなことはどうでもいいけどさ。とにかく賢者が仕上げに立ち会ってくれるんだ。急げ」
セイは追い立てられるようにして賢者の館へ向かった。
いくらナジイが名人といっても、竜の胎盤を扱うのは初めてのことだ。やっとできたらしいサークレットの銀も、やはり最後はギュルヴィの助言を得ねば、仕上げられないらしい。
だがセイの頭の中には、さっきの黒竜の言葉がぐるぐる回っていた。
死してなおナージュのなかで、一番大切で大きな存在であるシアのレリーフ。それを造っているナジイとナージュの姿がちらついてしまう。嘘だとわかっていても、心が乱れてしまう。
ナージュの思いのこもった銀細工は、どんなにか綺麗であろう。きっとセイの心をひどく凍らせるにちがいない。否定しながらも考えてしまう自分がとても情けない。
館につくと、すでにナジイとギュルヴィが用意を整えていた。
賢者は儀式を行うために白い衣装をきて、床に色砂で法陣図を描いていた。水の匂いに似た涼やかな丸みのある香が、部屋中に焚きしめられていた。
「セイ、待っていたぞ」
ナジイが言った。セイはおどおどしながらその場へ足を踏みいれた。セイはすぐにナージュの顔をさがしたが、なぜどこにも見あたらなかった。
「……ナージュはどこにいるの?」
賢者がセイを法陣の中に座るように手招いた。
「ナージュには別の用をしてもらっている。気にせずここで胎盤の結合を受けていなさい。すぐに帰って来る」
「でも、ボク……」
ナージュの顔を見ないと落ち着かない。黒竜の言葉がよけい重みをもってしまい、はやくナージュの顔を見てよけいな考えを払拭してしまいたかった。嘘だと思っているのに、自分だけでは不安が去らない。ナージュに会いたい。
心配げなセイをよそに、ナジイはセイのサークレットの修理にとりかかった。
魔方陣のなかに横たわり、目をとじる。月の光のような声で歌う賢者にあわせ、ナジイの手が器用に動きだした。魔術の輪に惹きこまれ、深海のおだやかな世界のなかにいて、ゆったりと漂っているような感覚につつまれる。
時間がたつにつれ、せき止められていた力の泉が、小さく、だがとても熱いほとばしりとなって、流れはじめるのがわかった。だんだん熱は膨らんでゆき、体の芯まで通っていった。隠されていた記憶の闇が、雲が切れて晴れわたっていくようだった。
心地よさが体中をひたしてゆく。セイは身体中に喜びにもにた高まりを感じていたが、一部分だけが、いつまでも冷たく凍えていることに気づいた。
「――できたぞ、セイ」
ナジイが道具を置く音が聞こえた。賢者の歌がとまった。
額の汗を拭いながら、ナジイは疲れたといわんばかりの顔で、フラリと庭に出てゆく。精も根つきはてたような疲れ方だ。きっと当分は仕事にならないであろう。
「具合いはどうだ、セイ」
ギュルヴィがセイの手をとり起こした。サークレットに軽く手を置きそっと撫でた。
「うんすごくいいよ。体も軽いし、頭のなかの霧が晴れたようにすっきりしている」
ナージュも今そんな気分なのだろうかと、ふと頭をよぎった。今までずっとセイの痛みを肩代りしていてくれたのだから。
「大丈夫。彼の負担も減っているだろう。このたびはかなり頑張ってくれたからな」
セイの表情から読んだのか、彼女はそういった。ナジイの道具を手に取ってみせた。
「これはすべておまえのサークレットと同じ銀で造られているのだよ。竜玉とおまえに、できるだけ負担をかけぬようにと、わざわざ作ったのだ。みながみな、手を貸してくれているのだよ」
「ボクのために?」
「セイ、星の巡りはおまえに味方してくれている。良き人々との出会いは、おまえの運そのものだ。力を貸してくれる皆に、感謝をしなくてはならない」
セイは真摯にうなずいた。
「ナジイは銀の緻密な細工をするために、道具を半年以上かかって作ってくれたし、細工のために根気よく鍛錬もしてくれた。この香はレンが近隣の村々を捜しまわって手に入れてくれた。身体の機能を拡張する作用があるが、めったに生えないレジムの葉で造られている貴重なものだ。そしてナージュは、彼は一番おまえのために身をつくしてくれたのだよ」
微笑むと、なぜか言葉をとめた。賢者をみつめ続けたが、次の言葉は聞けなかった。
「ねえナージュはどこなの。どこにいるの」
「さきほどから何をそう不安がっているのだセイ。いつでも心を澄ましておかなければ、心の曇りは正しきものを見逃してしまうぞ」
セイは痛いような顔をした。
「だっ、だってギュルヴィ、ボクのために大変だったんなら、お礼が言いたいよ。どうしてここにナージュがいないの?どこにいるの?どこに行けば会えるの」
会いたい、会いたくて会いたくてたまらない。身が裂かれるように、いてもたってもいられない。
「なんで毎晩あんなに遅かったの。ナジイと何をしていたの。どうして怪我しているの。ねえ、ボクにはぜんぜんわからないことだらけだよ。教えてよ。ナージュに会いたいんだ。ナージュに会わせて」
わけのわからない苛立ちと焦燥感。
収拾がつかなくなってゆく気持ちがいまにも破裂して、壊れてしまいそうだ。
感覚が明晢になったぶんだけ、つらさもまた強調されてしまったようだった。苦しいことまでがはっきりしすぎて、自分の感情がおさえられなくなってしてしまう。
セイはとうとう頭を押さえてうずくまった。ギュルヴィはそっと手を当てた。
急激に流れだした思考のうねりが、セイの外に出たいと暴れる声が聞こえるようだ。
「なにを興奮しているのだセイ。落ち着きなさい。ああ、少し急すぎたようだね。堰き止めていたものが消え、思考が明瞭になりすぎたのだ。鋭敏になった感覚に、体がついていってないのだよ。それに少しばかり守護機と離れすぎたのかもしれないな」
「怖いんだよ。ナージュがまた、いなくなってしまうような気がして、シアのところへ帰っていってしまうようで、とっても、嫌だっ」
「なぜそんなことを思うのだ?ナージュは自らおまえのところに戻り、耳玉を自分で受け入れてくれたのだろう。おまえ自身を受け入れてくれたのだろう、セイ」
「でも……ボクはそれでも、彼の嫌いな有翼族だもの。彼に孤独を与えただけで、何もしてあげられていないもの」
涙をこぼしだしたセイの背中を、賢者は慈しむように撫でた。
困った奴だといわんばかりにため息をついた。
「セイ、知っているか。孤独にも処方箋があるのだということを」
「処方箋?」
「何だと思う」
セイはじっとみつめる。
「それはね、一緒に居てあげることだ。そばにいてあげることなんだよ」
「賢者……?」
セイを部屋のまえへまで連れてくると、そっと押し入れた。
「こんなにおまえのことを思ってくれる者が、他にいようか。その目で見てみるがいい」
セイは恐々と足を踏み入れる。寝ているナージュをみて青ざめた。
白い包帯を身体のあちこちに巻きつけ、ひどくやつれた顔をしている。まるで息をしていないかのようだ。入ってきたセイに、ナージュはビクリッとしたように目をあけ、起きあがった。セイの背後に立つギュルヴィに気づくと、なぜ連れてきたのだと、血の気のない顔で睨みつけた。
「ナ、ナージュ?!どう、したの、これ。どういうこと?!」
「おまえのサークレットの銀を造るためだよ、セイ」
「賢者、よけいなことを言うな!」
ナージュが賢者を鋭く制した。だがギュルヴィは平然として、
「セイには聞く権利があるのだよ、ナージュ。セイ、サークレットの銀を作ったのはナージュなのだ。サークレットはおまえの血や体液を吸収しているために特殊な銀となっている。その銀をつくるためには、おまえの遺伝情報を知る必要があったのだ。ナージュはおまえの耳玉をもっている。だからその身体を組成している彼の骨格から、内存している銀をとりだし、サークレットの銀に配合したのだ。そのために彼の身体の随所を切り裂いたのだよ」
口がきけないほどの衝撃だった。セイは自分の体が引き裂かれるよりも、大切な部分がもっと痛み悲鳴をあげていた。あまりのことに心から血が吹き上がるようだった。
セイはこんもりと涙のたまった目をナージュにむけた。体がふるえている。
ナージュは賢者を非難するように見ていたが、セイが大粒の涙をこぼすのに、怒ったように横をむいた。
「ごめんナージュ……何にも知らなくってご。めん、ボクは、黒竜の言葉にまよって、ナージュを、疑って……」
黒竜の名にナージュの頬が動いた。紫紺の瞳が後悔に揺れているのに、彼はなぜかセイ以上に悔いたように顔をしかめた。差し出された手に、セイはそっと身をよせた。
「悪かった……。ずいぶん不安にさせたようだな。黒竜のことも、おまえが寂しがってたのも知っていたのに、ほうっておいたのは俺だ」
「ナージュ、大丈夫?痛むの?」
包帯にそっと触れた手を、ナージュは抱き寄せた。力がこもるのを押さえようとするように、ゆっくり腕をまわす。
その腕の中で、セイは、自分とナージュの孤独な魂が混ざりあうと、それは例えようもなく心地よい温もりにかわっていった。泉から清水がわきでるように、愛しさがセイに溢れてゆく。セイは全身が熱くなった。巨大な力がつきあげるように体をねじ曲げ、全身をバラバラに分解していくような感覚がおそう。びくりと大きく痙攣した。
「セイ?!」
声は喉でつぶされて出てこなかった。
熱い猛りに翻弄され、目をつぶりしばらく耐えるかのように震えた。
次に目を開けたとき、ナージュのびっくりしたような顔が飛び込んだ。
「ナージュ?」
「セイ、おまえ、おまえこの身体――」
セイはなにに驚いているのか理解できなかった。そのまま、ナージュの腕のなかでぼんやりしていた。熱で意識がはっきりしない。身体に力が入らないのだ。
ポーカーフェイスが崩れたナージュの様子に、ギュルヴィが笑っていた。
「賢者、何を笑っているんだ。セイに一体なにが起こったんだ。なんでセイが――?」
「わたしは、初めから言っていたはずだよ、『巫女』だとね。竜は、王族の巫女により育てられ、巫女の心で、世界が決まるのだよ」
「それは、しかしっ!」
「セイの幼体がセクスレスだったのは、生まれてすぐに一人で生きて行かねばならぬ幼体の防御にすぎない。だがもう、今はおまえがいる。おまえが守ってくれるとはっきり認識したのだ。ならば防御する必要もないし、幼体でいる理由もない」
セイはそういわれて、あらためて自分の体をみた。髪が腰のあたりまで伸び、腕や肩がやけに細く柔らかな丸みをおびている。そして胸にはやわらかい膨らみが――。
「……お、おんな、の子?ボク、女の子だったの?」
誰が驚ろこうとも、セイ自身がいちばん驚かずにはいられない。この異変をどうすればいいのか、わからない。
「ナっ、ナージュ……」
すがるように見たが、さすがのナージュもどうすればいかわからないようにセイをみ。だが、すぐにどうにかいつもの平静さを取り戻した表情になると、まだ複雑そうに目をくるくる回しとまどっているセイに、そっと背を撫でながら言った。
「セイ、おまえはおまえだ。なにも変わっていない。安心しろ。大丈夫だ」
ギュルヴィがうなずいた。
「その通りだセイ。おまえはそれ以上でもそれ以下でもない。形がどう変わろうとも、おまえの心が変わるわけではないのだからね」
セイは答える言葉がみつからず、ただ、線の細くなった自分の体をもてあますように、ナージュの温もりに身をあずけていた。 ひどく心もとないような気がしていた。
セイはアサキの家の前まできていた。先ほどから、声をかけるのがなんとなくはばかられ、行ったり来たりを繰りかえしている。
ふと壁にたて掛けてあった木箱に目をとめた。倒してそのまま足をかけ、わきについている窓から、そっと家の中をのぞいてみた。正面から訪ねていく勇気がないのは、オルベに会いたくなかったこともあるが、それよりも、こんな姿になってしまい、なんといって説明していいのかもわからず、ひどく気恥ずかしかったからだ。
――セイ、なにしてんの?
背後から声をかけられ、びっくりしたセイは足をすべらせた。そのまま地面に頭をうちつけた。かと思った一瞬、ふわりと体が宙に浮いたみたいな気がして、衝撃はほとんど受けなかった。
――セイ!セイ大丈夫?!
アサキが慌てて助け起こした。セイと、向き合った彼が、フードのとれたセイの顔をみて、息を飲みこむのがわかった。
――セ、セイ?きみ、その姿は?!
「ア、アサキ、あのボクは……」
なんと説明しようか。セイのほうも一緒になって目が白黒する。
来るまでは、どう言おうか何と言おうか、とあれこれ考えていたのに、転んだ拍子にすっかり飛んでしまっていた。見つめられると顔が赤くなり、うつむいてしまった。
だがアサキはふわりとした笑顔をむけた。
――セイ……やっぱり不思議なひとだね。きみに何が起こったのかはわからないけど、でも、とても綺麗だ。前に会ったときよりずっと表情がいい。明るくなったね。
セイは真剣にいうアサキに恥ずかしくなり、赤らんだ。まるでナージュのことを言われているのかと思ってしまったのだ。アサキは笑って手をひいて立ちあがらせた。
――入りなよ。今ちょうど父さんいないからさ。約束通り、会いに来てくれたんだね、嬉しいよ。
セイは赤い顔のまま、手をにぎられて部屋に入った。部屋はあいかわらずだったが、どうやら仕事の途中だったらしく、机には仕事道具が並んでいた。
「いいの邪魔して?」
――うん。ちょうど休憩しようと思ってたところだったからね。
セイにお茶をいれ、手渡してくれる。かすかに色の着いたお湯だった。それでもアサキの生活を思うと、最大限の歓迎なのである。
アサキはさっきからセイをじっと眺めていた。うっとりと夢見るような顔だった。
「アサキ?」
――むかし見た、翼の女神のレリーフに似ているよ。ほんとに、なんだか会ったときからどんどん変わっていってしまうね。セイ、きみは誰なんだろう。どうしてそんなに不思議なんだろう。
「アサキは、ボクのことが気持ち悪くないの?変だなぁとかって、思わない?」
――うん。そうだね、もし、セイ以外だったら思うかもしれないけど、でもこれってなんとなく、セイは本当の姿に戻っていってるんじゃないかなって感じがするんだ。
「本当の姿?」
――きみの心に、姿のほうが追いついていってるみたいだ。セイといるとね、とてもほっとするんだよ。ボクのことを……ボクの気持ちをわかってくれるっていうのかな、なんだかこんなふうに親しく話をしてくれた人っていないからさ。心が広がってゆくような気がするんだ。すごく綺麗なひろがりだよ。
そう言って、窓から差し込む陽光を背にして話すアサキのほうが、セイにはまぶしく見えていた。彼のほうがずっと不思議な人だ。
――セイ、あの耳飾りつけてみた?
「あっ、ううんまだなんだ。だってあんな綺麗な物、ボクにはもったいないよ」
――そんなことないよ。きみを見たとき、すぐにあれを思い出したんだ。あの時はなんでだかわかんなかったけど、今やっとわかった。あれを作るときね、翼の女神をイメージしていたせいだ。セイとよく似た、美しいひとを。ねえ、つけてみせてよ。よかったら今ここでさ。
「でも……」
アサキの真剣な表情に、少しためらっていたセイは、それでも照れながらそっと髪をかきあげた。大切に紙にくるんでいた耳飾り、やさしくあつかうと、形のいい耳朶にとめた。
――よく、似合ってる。
感嘆したようにアサキが微笑んだ。
「そ、そうかなあ」
見つめられると敏感になった耳がじんじんしてくる。窓ガラスに映った自分に背筋がぞくりっとした。みごとな耳飾りだった。
白銀の優美な曲線がよく似合っている気がした。しなやかでほっそりしたセイの美しさと、とてもよく調和している。
――ほんとに、綺麗だ。どうしてだろうね、このあいだまでは、ちっとも女の子に見えなかったのに、今は女の子だとしか思えないよ。放つ輝きの色まで違ってみえる。ねえセイ、きみはいったいどこからきたの、何者なの?
「ボクは――」
セイは目をそらした。だがアサキのあかるい紫色の瞳は、セイの心の底まで映しているようで、嘘をつく気にどうしてもなれない。
自分でもわからないほど、自然に口に出ていた。
「ボクは獣人なんだ。有翼天人族の、最後の一人なんだ」
言葉にすると、最後という言葉の響きがひどく重い。
沈んでゆくセイとは反対に、アサキの頬はみるみる興奮したように上気していった。
――ああ、セイほんとに?!ほんとにあの美しい翼の一族なの?女神様なの?!
セイの手を握った。
「えっ、あ、あのアサキ……?」
――すごいや。まさかまだ生きていたなんて思わなかった。とっくに絶滅した幻想の存在だと思っていたよ。すごいねセイ、素敵だよ。――ああボクはずっと、想像していたよ。いつかその美しい姿を、翼を広げ飛翔する姿を、思うさま銀の細工で作ってみたいって。あの神殿の街でみた壁画のような、翼の女神をえがいてみたいんだ。
感激にうち震えんばかりに喜ぶアサキに、セイは、でも握られる手の痛みがいやではなかった。
――セイ。
触れんばかりに顔を近づけられ、胸がどきりとした。小声でささやいた。
――ボクもね、本当は少し獣人の血が混じってるんだ。母さんがそうだったんだ。
「ほんと?!」
――だからなんだ。獣人狩りが始まってから、父さん、母さんにきつく当りだしたのは。そんな噂がどこから流れたのか、そのせいで仕事がうまくいかなくなっちゃってね。……街の寺院の細工を任されることになって、すごくはりきってて――それってすごい名誉なことだからね。でもそれを断わられたのを母さんのせいだと思ってさ。
「アサキ……」
――父さんはだからボクが嫌いなんだ。でも、不思議なほどにボクは嫌いじゃないんだ。父さんの銀細工、一度でも見たらぜったい惚れ込んでしまうよ。そりゃあ素晴らしいんだから。ボクは父さんを尊敬しているし、父さんみたいな細工師になりたいと思っている。……大好きなんだよ、父さんのことが。
アサキの瞳にうっすら涙が光っていた。悲しい色だった。
それでも、あんな父親ですら、好きだと誇らしげに言うアサキが、心のどこかでセイは羨ましかった。セイは肉親すら、同族ですら知らない。
――セイの父さんと母さんはどんなひとなの?
言ってアサキはしまったと口をおさえた。最後の一人という言葉を思い出したのだ。
――ごめん、セイ。
「ううん、ボクはだって、父さんと母さんの面影すら知らないんだもん。記憶がすっぽり抜けてるから、悲しむ思い出もないんだよ」
――じゃあ独りなんだ。本当に。
セイはナージュのことを思い浮かべていた。肉親のことを、それほど求めたことはなかった。なぜならいつも守ってくれ、力を貸してくれた人がいたから。その人がそばにいてくれるだけで、なにもかもが満たされる気がした。
彼の心ばかりを欲しがって、そんなことを考えもしなかった。
守護機、保護者――そして大切なひと。思うと、鼓動が速くなってしまう。
――ナージュがいるんだったね、そういえば。
セイが赤くなる。
――好きでたまらないって顔してる。
「で、でも、ナージュはボクの事はあんまり好きじゃないんだ。ボクが勝手に慕ってるだけなんだよ」
――大丈夫さ。きみを嫌いになる人なんていないよ。
「で、でも」
どうしても自信の持てないセイに、アサキはふっと顔をゆるめた。
「あのね、ボクさ、この姿になってから妙にナージュに見られるのが恥かしいんだ。ドキドキすることは、今までも一杯あったけど、でもこんな感じは初めてで、一緒にいられないんだ。すごく苦しいの」
――で、逃げだしてきたってわけか。
「そ、そうじゃないよ。アサキに会いたかったから!」
アサキは笑いながら、ふとサークレットに目を止めた。
――ねえ、セイ。そのサークレットの欠けてたとこ、直したんだね。このあいだまで、いい細工なのに惜しいなって思ってたんだよ。
「う、うん。みんなが協力してくれてね、直してくれたんだ。ほんとにとても感謝しているんだよ。いつも助けてもらってばかりだもの」
――すごいね。完璧な形になると全然迫力が違う。見たことない色の銀だし。そんな複雑な文様が、よく人間に彫れたんだと思う。セイに、とてもよく似合ってる。
「そうかな。そういえば、この耳飾りの細工とどことなく似てるね」
セイはアサキと目が合う。二人ともそう思っていたらしい。
扉がいきなり乱暴に開かれた。大きな影が二人に伸びる。
「帰ったぞ畜生め――あぁ?なんだあ、この女は?」
オルベの目が、ひたりセイに止まった。すくむす姿に、目尻がクイっと吊り上った。
「このクソ野郎が!俺のいねえあいだに女なんぞ引っ張りこみやがって、ガキがなまいきやってんじゃねぇぞ!」
激しく唾をとばしがなりたてた。
いつもより酔いがかなり深いらしく、正気でないことははっきりわかった。
赤黒い顔には青筋が浮きでている。楽しげだった二人の様子がピタリとかたまった。それがよけい気に入らないらしく顔がさらにおぞましく歪む。
嫌な目の色だった。逃げだしたほうがいいと本能的に思った。恐ろしさのあまり全身に震えがはしる。
アサキはセイを背にまわし一瞬だけ手を握った。犬歯をむき出したオルベは、いきなり野太い声で拳をふりあげた。物の壊れるはでな音がした。
アサキがテーブルのうえを背ですべった。道具がなぎ倒されガラスが割れる。
「アサキ!!」
走り寄るセイをとめた。
――セイ来るな!今日の父さんはすこし変だ。いつもとちがう。色が濁りすぎてて、おかしい。もうどうしようも……。
「この馬鹿が!ちょっと見ねえうちに色気づきやがって。女なんか引っ張りこんでチチクリあってんじゃねえぞ。そんな暇あるんならもっと稼げ、役立たずの化物が!」
髪をひっつかみ持ちあげると何度も叩きつけた。
壁に突き放す、積み重ねられていた木箱がアサキのうえに崩れ落ちる。
「やめてよオルベ!」
セイは夢中でオルベの腕にしがみついた。
だが巨体の前にやすやすと振り払われ、ベッドの足に頭をぶつけて倒れる。
――父さん!
アサキはオルベの前に立ちふさがった。足元がフラフラしていたが、アサキも必死だった。セイだけは傷つけたくなかったのだ。オルベは驚いたような顔をした。が、すぐにドス黒い歪んだ怒りへと変わっていった。
見るのも恐ろしい怒気がわきたち、アサキをさらに激しく殴りつけた。崩れこんだうえに馬乗りになり、床にのめりこむほど殴りつけた。
セイは何度もすがりついた。まったく相手にされなかった。セイが悲鳴をあげながらバケツに汲んであった水をかけるまで、オルベは我を忘れて息子を殴っていた。
「アサキ!!」
セイは茫然としたオルベを押しのけると、アサキにすがりついた。
アサキはうっすらと目をあけた。毛細管が破裂して真っ赤になっていた。
セイの無事を確認したのか、わずかに目をほそめ、そのまま力尽きたようにしずかに閉じられた。
体の張りが消えた。土気色の顔がみるみる白く透き通っていく。
魂の消える音だった。
その瞬間、かすかに彼の声がきこえ、セイの耳にくちづけるように、優しい温もりが唇をかすめていった。
「あっ……」
セイはからだに電気が走ったような衝撃を受けた。身体の一部が欠けてしまったような白い空虚さが、足元からわきあがった。意識をそのまま呑み込まれ、言葉も心も虚無におおわれてゆく。
そうっと触れたアサキの頬は、まだ暖かかった。それでも死の使いはアサキを抱きとっていた。生命の糸を断ち切り、つれ去ってしまったのだ。
「アサキ……そん、な…」
死はなんと突然に訪れるものなのか。
オルベが我にかえり呆然としていた。アサキを抱き蒼白になっているセイをみていた。なにが起こったか理解しがたいといいたげに立ちつくしている。
セイの瞳から涙がこぼれるのを見たとき、オルベは狂ったように怒号して、アサキを奪いかえして抱き締めたのだった。
「アサキ!アサキ、アサキ、アサキ――!」
荒々しく揺すりわめいた。
「嘘だ!そんなはずねえ。冗談に決まってるんだ。早く目を覚ませ、いい加減にしろ、親をからかうのはやめろ!くそったれ、そんなことあるわけねえんだ――畜生!!」
気の狂わんばかりの猛りがセイの鼓膜をひっかいた。
セイはそんなオルベをぼうっと見ていた。心が黒いもやに覆われてゆく。振り払いたいのにどうにもできない。冷たい殺意にもにた何かが心を縛りつけてゆく。
セイは翼の折れる音が聞こえた。目の前に、暗黒の世界が広がった。
目の眩まんばかりの怒涛が流れ、それが悲しみなのか、絶望なのか怒りなのかわからなかった。暗闇だけが、ただ心を支配してしまう。
気がつくと、誰かが耳もとで叫んでいた。
「セイ!やめるんだセイ!」
「あっ……ナー…ジュ……、なん――で?」
ナージュに押さえられていた手が赤く濡れていた。
足元にころがっていたのは、血まみれの巨体、オルベだった。
セイはわけがわからなくなって暴れだした。喚きながらナージュに抱き止められる。
「セイ、しっかりしろ。もういい、もういいからセイ!」
「ナージュ、ナージュ……アサキが……ああっ、助け、て――」
「セイもういいんだ。大丈夫だ。おまえの悲鳴が聞こえた。助けてというお前の声が――セイ!」
「ボ、ク……オルベを…?」
錯乱して暴れるセイに、オルベが切れ切れの息で言った。
「いいんだ。俺は、死に、死にたかっ……た。だから頼んだ、殺してくれって……俺は…あ、あいつが死んでからずっともう――死にたかった……。ああ、アサキがそこに、迎えに――」
「オルベ!」
セイが叫んだ。ナージュはセイの顔を両手ではさみ、まっすぐ見つめると、叱るように大きな声で言った。
「セイ、しっかりしろ!いいか、俺はオルベを医者のところへつれていく。おまえは後からゆっくり来るんだ、わかるなセイ、しっかりしろ」
ナージュは、オルベに手際よく応急処置をすると、その巨体を難なく持ちあげると、風のように走っていった。
セイは追いかけようとしたが、布切れのように寂しく転がっているアサキの死体を置き去りにすることができず、かたわらに座り込んでしまった。力が抜けて二度と体が動かなくなる。
涙がこぼれた。後から後からこぼれ落ち頬をつたった。
ひどすぎる。こんなこと、ひどすぎる。
だがもっとひどいのは自分だ。アサキが大好きだと言っていたオルベを、憎しみだけにとらわれ、あんなことをしてしまった。いったい自分は何をしたのだろう。どうしてしまったのだ。
セイはアサキのすぐ横にころがっていた銀縁細工の鏡に目をとめた。
自分が映った姿に息をとめた。絶叫がほとばしる。血が喉から噴きあがったような声だった。狂乱にのたうち額を押さえて、はげしく哭いた。
闇が、ついにセイに追いついてしまった。真っ黒く、額の竜玉が染まっているではないか。まるでセイの心を吸ったように、闇色に変色していた。
それを押さえたまま、セイは気を失っていたのだった。
セイが倒れてからもう四日がたっていた。
あれから目を覚ます気配はいっこうになく、ずっと苦しそうに眉をしかめ、うなされ続けていた。その姿を見ているほうがつらくなるくらいである。きっと、セイは自分自身を責め、後悔し、痛めつけているのだ。
「セイはまだ気づかないのか」
ナジイが言った。ナージュがセイの頬に手を当てたままコクリとうなずいた。
「何度も起こしてみたんだがな。目が醒めない。……というより、目醒めたくないと言った方が正しいんだろうな」
「まあ、そりゃあショックだろうからな。目の前でオルベが――実の父親が息子を殺すのを見ちまったんだ。まったくいやな時代だ。修羅の世だよ」
やってられないとばかりに吐き出した。
「だがセイとアサキがそんなに仲がよかったとはわしも知らなかったよ。しかもセイがあのオルベをあんなにしちまうとは……。こんなか弱い体でそんなことができるもんだろうか?まあオルベのほうは何とか持ち直したようだが。しかし、この竜玉の色はなんとも――」
「はじめて、心底だれかを憎んだのだろう。玉はまっすぐなその心を吸収したんだ」
「セイらしいといえば、セイらしいな」
可哀相に、とナジイはため息をつく。
「黒く染めずにはいられないほどの悲痛な叫びだった。実際に聞いたものなら、きっとその悲しみの深さがわかる……。セイはあの日からずっと自分を罰しているんだ」
すべてを受け入れるには、セイの心は白く繊細すぎた。嘆きも悲しみも、過ぎればはげしい毒となり、ついには心を死に至らしめる。
だからこそ、みずからの限界を守るために、繭にこもった。昏々と眠り続け、アサキの死という現実から逃げだそうとしている。セイは自分で自分自身を一番責めながら、癒えない傷を抱いて今なお苦しんでいる。あのときの悪夢を延々繰り返している。
ナージュはセイの心がわかっていた。その身は誰よりも近いのだ。
そして、目覚めなければもう、先へは進めない。それもまた、わかっている。
「そろそろ帰るよ。また寄る。必要なものがあれば、何でもいってくれ」
「ああ、ありがとうナジイ」
ナージュは彼を見送ると、すぐにセイの眠るベッドに膝をついた。髪をすき、頬をなでた。何日も眠りつづけるセイの帰りを、そうしてずっと待ち、ずっと見守りつづけていた。
ナージュは、セイの耳元に口をよせた。
「帰ってくるんだセイ。もういい、もうだれもお前を罰しはしないし責めもしない。おまえも本当はわかっているはずだ」
強くはなかったが、はっきりとした口調でセイに呼びかけた。
「仕方なかったんだ。アサキも、オルベも。オルベもあれからずっと悔いている。おまえに謝っているんだ。――おまえは悪くない。さあアサキの死から帰ってくるんだ。自分を許してやれ。――セイ、目を開けろ」
優しく呼びかけた。
「セイ、聞こえてるんだろう」
本当は、もうわかっているはずだ。そんなに弱くはないはずなのだ。
「セイ、待っている。お前が帰ってくるのを」
セイの目尻から涙がこぼれた。
まぶたが震え、紫紺の瞳がけぶる睫のむこうからゆっくり現れる。
「セイ、もう許してやれよ。いいんだよ」
うるんだ瞳を、ナージュにむけた。だが、そっと首を横にふっていた。
「ボクは……失敗してしまった……アサキの死で、悲しみと怒りに我を失ってしまった。憎しみに心を奪われて、悪夢に全てを開け放ってしまった。竜玉を、黒く染めてしまったんだ――。取り返しが、つかないことを……、ボクは失敗してっ――」
「セイ。いいんだ仕方ない。それはどうしようもない感情なんだ。誰もが持つものなんだ。優しければ優しいほど、思いが深いほど、それは大きくなってしまう。おまえだけじゃない。おまえはなにも悪くない」
ナージュはセイを抱いた。呆けた人形のようだったセイは、ナージュのなかでゆっくりと感情を、それこそ時間をかけて取り戻していった。
表情もなく涙だけボロボロこぼしていたのが、何度かしゃくりあげ、しだいに声をだして泣きだしていった。いつまで涙がでるのだろうかと思うほど、泣きつづけた。
「アサキが、アサキが死んじゃったんだ。……殺されたんだ。父さんのこと好きだって言ってたのに、尊敬してるって言ってたのに、なのになのにお父さんが、アサキを殺しちゃったんだ。……ナージュ、ひどいんだよ、アサキが可哀想すぎるよ。ボクたち友達だったんだ。アサキのこと大好きだったんだ。――でも、もっとボクはひどいことをしてしまった。憎しみで頭が一杯になって、オルベにあんなことをっ!」
「セイ……」
「ナージュ助けてよ、ナージュ!」
セイは悲鳴をあげるといきなりベッドへ身をたおした。
「頭が割れそうだ。痛い、助けて、アサキが、オルベがボクをばらばらにする。ばらばらにしちゃうよナージュ!助けて!」
「セイ!」
糸が切れたようにセイは気を失った。ナージュはセイを抱きしめた。
どうすることもできず、ただ悲しみが少しでも薄らぐように、ずっと抱きしめたままだった。
あれから、セイはなんとはなしに寝込むようになっていた。
体が時々痺れるといい、そのたびにナージュが腕をさすり、優しく体をほぐしていった。だがそのとき楽になるだけで、結局少しもよくなりもせず、セイは目に見えてやつれていった。今では食事もほとんど手をつけず、瞳からは精気が消えかけている。
起きているときはほとんど外を眺めていた。涙の浮ぶ瞳を空にむけ、ぼんやりして
いる。眠っているときには、悪夢にうなされ、まるで安らぐときがないかのようだ。
「セイ、ここが痛むのか」
ナージュはほっそりとした背をさすっていた。
「……ボクは、これからどうすればいいんだろうか。黒い竜玉なんて聞いたことないよね。こんな有翼天人いるわけないよ。――やっぱり、失敗作だったんだ。竜は、もう孵らないかもしれない。黒くなってしまうかもしれない。世界は、どうなってしまうんだろうか……」
「あまり考え込むな。また頭が痛くなるぞ」
「やっぱりボクのせいだね。やっぱり駄目だったんだ」
目に涙がたまる。
「アサキのことを考えると、まだボクは、オルベが憎いって感情が甦えってしまうんだ。消えないんだよ。どうしても、消えない。どうしたらいいんだろう……どうしたら無くなるだろう。ボクは、こんなボクなんか大嫌いだ。オルベを憎む価値もないほどボクは醜い。助けてよ、怖いよ。また黒い感情がボクをとりこんでしまいそうでとても怖いんだ。ナージュ、助けて!」
セイは寝入ってしまうまでけっしてナージュの手を離そうとしなかった。
このまま目覚めないのではないかと不安になるほど、弱ってしまっていた。
ナージュはしばらくセイの寝顔をみつめていたが、意を決したようにセイを抱きあげ、外へ駆けだしてゆく。
賢者の館の門をくぐった。入口にはランプを手にしたエミイが待っていた。エミイはまるで来るのを知っていたかのようにナージュを招き入れた。
セイをベッドへ寝かせつけた。
「賢者がお待ちしておりました。すぐに参りますので、もうしばらくお待ち下さい」
ぺこりと頭をさげると部屋から出ていった。
呼吸の浅く苦しげなセイの寝顔をみつめていると、見ているこっちが苦しくなってくる。荒い息をついているのに、悪夢から救ってやることもできない。
「どうすればいいんだ。俺はいったい、なにをすればいいんだ」
「まずは、スタートレットの星が必要だな」
賢者だった。
衣擦れの音さえなく背後に立っていた。夜の闇に浮かぶ白銀の幻のようだ。
「それはいったい、何なんだ」
「ああ、これはひどいね。いくら悲しみにうちのめされたからといっても、弱り方が尋常じゃない。あきらかに死に至る苦しみだよ」
「わかっているっ!」
怒ったように言った。口にだされると余計に重苦しくなる。
「よほどに悲しみ悩んでいるのだろう。だから気をつけろと言ったのに、他人に取り込まれている。純白過ぎる心は染まりやすく受け入れやすい。アサキの心にすっかり呑まれてしまったな」
「だがそれだけで、こんな酷いことになりはしないだろう」
「そうだ。それはきっかけにすぎぬ。セイは竜玉に生命を吸い取られているのだ。竜玉とは、本来、成人した有翼天人が育てるもの。それをセイのような子供がここまで育ててきたのだから、かなりの無理がある。それに胎盤を直したばかりで、それまでは押さえられていた竜玉の流れが、いっきにセイへ押し寄せてしまった。莫大なエネルギーが一気に吸い取られてしまったのだよ。胎盤が壊れていたのもあながち悪いことだったともいえないようだな。それにおまえが半分は肩代りしていたのだからな」
「どうすればいい。どうすればセイをこの苦しみから解放できる」
「それにはスタートレットの星がいる」
「だから何だと聞いている」
「有翼天人の妊婦がのむといわれている、滋養の源だ。ギネヴァの神郷だけに生息するという、霊草の実のことだよ。別名、『緑竜の実』といわれている。セイを連れて行けばすぐにでも手に入るはずだが、今はだめだ。これ以上動かすと、生態反応が低下しすぎて息絶えてしまうだろう」
「なら、俺がそれを採ってくればいいんだな」
「そうだ」
賢者は察しがいいと、にっこり笑って言った。
「セイはわたしが見ていよう。おまえならば採ってこられるはずだ。セイのことを強く思っているおまえならば、その思いがきっと霊草に届くはず。スタートレットは必ず実をつけてくれるだろう」
賢者は謎めいた言葉を告げたが、ナージュはもうそれ以上、問おうとはしなかった。
行けばわかるのだ。とにかく一刻でも早くそこへ行き、霊草の実を摘んでこなければならない。
ナージュはまるで疾風のように、そのまま夜深い闇にとけんでいってしまった。