蒼穹の群雲

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 「なあんだ、けっきょく萩森くんてば、一也くん家に住むことになったんだ」
 誠人が声高にいった。
 あれから二週間ばかりたったときのことだった。
 いろいろなゴタゴタを経て、やっと落ち着いていた。
 一也は、聖と連れだって運命の館を訪れており、照れるのを隠すかのようにして、そっぽをむいていた。
 「すっかり世話になったなマリア。ありがとうよ」
 「あら、別になんにもしてないわよ、あたし」
 めずらしく素直な一也の様子に、マリアは思わず微笑をもらしていた。
 かぶっていた黒いフードをぬぐと、魔女から普通の女の笑みにかわっている。
 あれから、どうにかマリアのもとにまで逃げ込んだ一也たちは、周囲の騒ぎがおさまるまで彼女の庇護のもとに身を隠していたのだ。
 正気にもどった信者たちは、まわりの異様なようすに驚き、騒ぎはじめていた。
 それもそうであろう。
 バタバタ倒れている人々に、半壊した建物。そのうえ教祖は消え、自分たちは汚れてボロボロになっているのだ。パニックにならないほうがおかしい。
 野獣のような咆哮をあげる者や、怒りに我をわすれて教祖をさがす者。泣き叫び、金を返せとわめき破壊行為にでる者と、すさまじい喧噪であった。
 なかには自分の身の保身をはかってそっと抜け出す者もいたらしい。そう、一也の父親のように。
 その騒ぎに警察がかけつけてきた。
 消防車もサイレンを鳴らし、それに野次馬があつまり、もうちょっとで自衛隊が来るところだったという。
 一足先に逃げだした一也たちは胸をなでおろしていた。
 その騒ぎの元凶たちが、ここに集まっているのだから。
 もし数分でも逃げ遅れていたら、この姿の原型をとどめていたかどうかはわからない。
 思わず、神様とマリアにふかく感謝する。
 マリアはさすが魔女だけあって、落ち着き払っていた。
 外界から一切を遮断してくれた。
 運命の館であるマリアの部屋には、地下へ通ずる階段がついていた。
 そこは完全な密室で、どんな声も騒ぎも聞こえてこない。
 もしかしたら核が落ちても、ここにいれば生きていられそうな部屋だと思えてしまった。
 見知らぬ不思議な道具に、どこの文字だかわからない背表紙の本がズラリと並んでいた。床には奇妙な魔法陣が描かれ、甘い香の匂いがしみついている。
 三人は異世界にまよいこんだようにドギマギしていた。
 もちろんそんな部屋の存在は、息子である誠人も知らなかったようで、ひどく珍しがっていた。
 「ここはね、世界魔女連合、日本支部の集会場なのよ」
 マリアはニヤリと笑った。
 「緊急だから男性を入れちゃったけど、ほんとうは、男子禁制、部外者厳禁なのよ」
 「す、すまない……な」
 一也は部屋の様子と気配に圧倒されて、声がかすれていた。
 マリアはおかしそうに目を細め、それから一言くわえた。
 「でも、スサノオの戦士なら、話は別ね。いつでも歓迎だわ」
 「えっ?」
  一瞬、マヌケ面でマリアを見てしまった。
 さすがの聖も、マリアの存在に目をまるくした。
 彼女の瞳に揺れる黒は宇宙の闇色である。そこには過去も未来もない。
 魔女は、本当にいたのだ。
 それもすぐ目の前に。
 マリアは三人に布団をあたえ、紫をあずかると言ってくれた。
 心配げだった聖も、さすがに疲れきっていたのか素直に任せてしまった。
 女には女にしか癒せない傷があると言われ、納得したのだろう。
 そこで、まる二日のあいだ、彼らはドロのようにひたすら眠った。
 体力も精神も限界をきわめていて、一度安心してしまうと、もう眠ることしかできなかったのだ。
 いろんなことがありすぎた。
 それらが夢であったのか、現実であったのか、もはやわからない。
 過去と現実がないまぜになり、怒涛のように押し寄せては引きかえす。
 自分が何なのか、何者であるのか――。
 一也はいろんな夢を見た。
 戦士である自分。普通の高校生である自分。そして日月の神の――。
 なにが本当でなにが嘘だったのか。
 すべてはあの化物のみせた幻影かもしれない。
 だが、これからせまりつつある運命の重みと圧迫感だけは、どうしても消しさることができない。その重みに耐えかねるように体がふるえていた。
 一也はふと抱き寄せられるのがわかった。
 思わずその温もりを離すまいとすがりついた。背を温もりが包み、安らかな気持ちになってゆく。
 目を覚ました一也は、ビックリした。
 自分がしっかり二人にプレスされているのに気がついたからだ。
 聖に抱きしめられ、誠人に背中から包まれている。
 三匹の小猫と言えばかわいいが、男がひっつきあって眠っているのには、さすがに顔がひきつるしかない。
 「離せバカやろう!暑苦しいっ」
 蹴飛ばした。
 二人の抗議の声があがった。
 「一也くん、なにすんだよ乱暴だなぁ」
 「そうだよ一也。おまえのほうから擦りよってきたんだぞ」
 「嘘だっ!」
 「本当だよ一也くん。寒いって震えるから抱いて温めてあげたんだよね、萩森くん」
 「そうさ」
 「うっ……」
 露骨にいやな顔で言葉につまる。
 「おまえら、もしかして先に目ぇさめてたのか?」
 「ああ。さっきだけどね」
 聖が起きあがり、伸びをした。
 「なんで起こさないんだよ!」
 「だってあんまり気持ちよさそうに寝てるからさ。でも、意外だったな。一也って意外と綺麗な顔してたんだね。表情キツついからわからないけど、そうやって無防備に寝てると、幼くって、すごく頼りないっていうか……」
 クスっと笑う。
 「な、なんだと?!」
 「そうそう一也くんてさ、案外ファンが多いんだよね。女子高の女の子からさ、何度紹介してくれって頼まれたんだよ」
 誠人がひと事のように言うのに、おもわず喰ってかかる。
 「おい、俺はそんな話、一言もきかないぞ!どういうことだ!」
 「だって断ってるもん。言うなら直接自分で言えばいいし、そうでなくても一也くんのおもりは大変なんだよ。これ以上はごめんだからね。危なかしくってさ、ほんと困るんだもん」
 誠人の口ぶりはまるで保護者ではないか。
 どことなく、以前と雰囲気がちがって感じるのは気のせいだろうか。
 「一也、体は大丈夫なのか?」
 聖が心配そうにきいた。
 「あ、ああ。そういやどこも痛まないな」
 「そりゃあ、あたし特性の薬だもん。傷の治りははやいいわよ。――二日も寝てんだしね」
 扉をあけ、入ってきたのはマリアだった。
 光が目にまぶしくて顔がよくみえない。
 「あとの処理はしといたわ。もう帰っても大丈夫よ」
 「ふ、二日もたってんのか?! そんなに俺たち寝てたんだ……」
 驚いている一也にマリアが言う。
 「修行もしてない体でいきなり霊体融合したり、神剣――叢雲を振るったりするからよ」
 「な、なんでそんなこと……」
 「そりゃ、母さん魔女だもん」
 言ったのは誠人だ。
 「あたしの水晶はなんでも映し出すわ、たとえば――」
 チラリと一也のむき出された足をみて、艶やかな唇が漏らしそうになった言葉を、あわてて一也が止めた。真っ赤になる。
 「わかったからやめろよ!根性わりぃババアだな、見てたならちったあ助けろよろ!」
 「あら、ごめんなさい。魔女はね、他人の運命に関与することはないのよ。たとえ、息子の運命に関わることでも――ね」
 まるで運命の行く先を、なにもかも知っている魔女の顔である。
 そこには孤独の影がぬぐいきれない。
 「なにワケのわかんねえこと言ってんだよ。年寄りは辛気臭ぇからヤなんだよな」
 「あら、言ってくれるじゃない坊やちゃん。これでも魔女は魔女で大変なのよ。ホンッと色々と大変だったんだからねっ!」
 「あ、あの、母さんは……あのひとは、どうしていますか?」
 聖がおずおずと言った。
 まさか警察に連れて行かれた、などと言うのではないかと心配しているのだ。
 あれだけの騒ぎを起こした張本人が、ただですむわけはないだろう。
 「ああ、紫ちゃんね。彼女は病院よ……心のね。まあ警察のお偉いさんには、ちょっとばかりお願いしたから、大丈夫だと思うわよ」
 意味深に目をほそめ、真っ赤な唇を横に広げた。
 誠人が補足説明をした。
 「いろいろ弱みを握ってんだよ、このひとってば」
 けっこう政界のお偉いさん方のあいだで顔がきくらしい。
 「それじゃあ――」
 「おとがめなしよ。まあ当分は、入院が必要だろうけどね」
 聖は目に見えてホッとしていた。彼の最大の気がかりがなくなったのだ。
 「あの人が変だなっていうのは、もうだいぶ前からわかってたんだ。けど、でも僕にはどうしても……」
 紫の奇行に一番はじめに気づいたのはもちろん聖である。
 それでも、もしかしたら一時的なものではと思いたくて、直視することができなかった。
 「ちょっと彼女は心が弱すぎたのね。まあそれも彼女のせいばかりとはいえないけど」
 彼女も胸のなかに穴があいている人種だった。親からもらうはずだった愛情がぽっかり抜けていて、空洞なのだ。
 悲しみを浄化させることができず、弱いものにさらに跳ね返すか、身に沈澱させてゆくしかなかった。
 マリアにはきっとそれも見えているのだろう。
 「まあ、誰しもそういう部分はあるもんよ。ね、かずちゃん」
 一也はイヤな顔をした。
 「かずちゃんも聖ちゃんも誠人も、みいんな大変よねえ。あたしにできることといえば、陰ながらの応援だけかしらね。あ、あと食事もできてるわよ」
 「大丈夫。母さんはおじさまがたへの脅しがあるじゃないか」
 誠人が明るく言うのに、キャハキャハと笑って、息子の頭にヘッドロックをかけている。
 そんなマリアをみながら、一也は思わず真顔で聞いていた。
 「……マリアどこまで俺たちのこと、知ってるんだ」
 自分たちが本当は何者なのか、運命の糸がどこへ続いているのか。
 一也にはまだわからない。
 「あたしは、息子が誰かのために生まれてきた存在か、ってことは知っているわ。そう、生まれてくるまえからわかっていた。そしてその主がとても大変な道を歩くということも、知っているのよ」
 それから明るく笑った。
 「まあご飯でもたべなさいよ。若者は元気が一番!考えてもしかたないわ」
 一也は背をおもいっきり叩かれ、痛みによろけるのに、慌てて聖が支えていた。



 そうして、彼らはすっかり事件が片付いていたことに、改めて気がついたのだった。
 もちろんあの騒ぎはニュースにもならなかったし、警察もあまり深く追求しようとはしなかった。
 信者も自分たちの体裁を考えたのか、それ以上ふかく突き詰めようとするものも少なかったようだった。
 「山の上のじいさまには、ちょっと動いてもらったんだけど」
 マリアがあっさり言う。
 あとで父の秘書の村山に聞いて知ったのだが、それは、政界の――闇の世界の首領(ドン)のことであるらしい。
 日本の首相たるものは、当選した日には、かならず挨拶しに行かねば、何事も万事順調に運ばぬと言われている存在だ。
 そんな大物が、なぜマリアの頼みをきくのか不思議だったが、誠人により、それが彼女の実の父親なのだということが発覚した。
 「それにヘンな建物もなくなってよかったわ。空気も見晴らしもウーンとよくなったもの。たすかっちゃった。いずれは潰そうかなぁ、なんて考えていたからね、ラッキーな事件だったわよ」
 恐ろしいことを本気で言っている。
 一也は小声でおもわず聞いてしまう。
 「おい誠人おまえの母ちゃんマジでキレてんじゃないのか」
 「大丈夫だよ。いつもあんなもんだから」
 「でも本当にマリアさんには何から何までお世話になってしまって」
 聖が感慨深げにいった。
 「いいのよぉ聖ちゃん。あんたはそうでなくても苦労したんだもん。これからウーンとわがまま言って、ウーンと甘えて、やりたいこと全部しなきゃならないのよ。ね?」
 「マリアさん」
 「そこにいるボンクラなんてこき使っちゃえ。人生楽しんだ方が勝ちなんだから」
 いやーな顔をしている一也にくらべ、聖は目がうるうるしている。
 そうでなくてもマザコンで年上に弱いのだ。母親ともども助けてもらったうえ、そんな優しい言葉までかけられてしまえば、まさにイチコロである。
 こうなると彼はもうマリアの崇拝者であった。
 「マリア、なんで俺がこき使われなきゃならないんだ。被害者だぞ、俺だって」
 「魂の片われだもん、一生大切にしなきゃねぇ」
 「気色悪い言い方するな。嫁さんに貰うみたいじゃないか。男を嫁にもらう趣味はない」
 「そうだよね。どちらかといえば、僕のほうが一也をお嫁さんにもらいたい方だもん」
 「なんだと?」
 聖の言葉をききちがいかと顔をむける。にっこり笑っている。が、真顔だ。
 「やだぁ、それも楽しそうじゃない。ああ、そうそう、ミセスブルーのママが心配してたわよ、かずちゃんのことをね。それに洋子ちゃんも。後で二人して顔だしたげなさい」
 「なんでそこでいきなりミセスブルーがでてくるんだ?」
 「いやね、かずくんの花嫁姿想像したら、つい――」
 「するなそんなもんっ!」
 思わずがなる。
 何を考えているのだ。
 「でもさすが一也くんのお母さんだよね。こんなに早く引き取ってくれるなんて」
 誠人がのんきに言った。
 「あたりまえだろ。あのババアの、死ぬほどひろーい愛情が、聖にだけ届かないはずないからな。それに事情をちょっとばかり説明しただけで、すぐにでも引き取るって大騒ぎだったんだからな」
 一也は自分の母親のお人好しのひどさに、半分感謝し、半分呆れてしまった。
 ボロボロの聖を連れて帰ったとき、彼女は聖を抱きしめて、ワンワン泣いていたのだ。
 泣きながら、知らずにいてごめんねと何度も謝っていた。
 どうしてそこまでできるかわからないが、その姿を思いだすと苦笑がもれてしまう。
 誰だって、そんな母親の姿をみれば、なんだって許してしまえるだろう。彼女のどんな行為も、どんな言葉も、優しさにつつまれて、涙と一緒にながしてしまえる。
 驚いていた聖も、園子と一緒にぽろぽろと泣きはじめていた。そんな切ない泣き顔をみるのははじめてだった。
 彼はずっと、泣きたかったのかもしれない。こうして母親の胸のなかで。
 と、いうことで、やっぱりここでも聖は園子ファンとなってしまったのだった。
 絶対服従は、永久不動のものとなった。
 園子は、紫とは正反対ともいえる強さを持っていた。だからこそ、聖の心を捕らえた。
 園子は寂しさを、他者へむける愛情とし、自分の魂をみがく材料とした。
 紫は寂しさのあまり、子供と自分の区別がつかなくなって、魔を引き寄せてしまった。
 誰かに頼らないと生きてゆけないほどの脆弱さは、臭いを嗅ぎとった男たちに、利用され、男がいなければ生きてゆけない女へと変えてしまった。
 きっと紫は、これから一人で、大切なものを捜さなければならない。それがすべての原因だったのだから。
 「まあ今回の事ではさ、さすがのあのタコ親父もちょっとは反省したみたいだし」
 一也はニイといたずらっ子のように口元をゆるめた。
 「え?じゃあもうボコボコにしちゃったの?」
 誠人がなぜか残念そうに言う。もしかして、手伝う気だったのだろうか、ほんとうに。
 「ていうか、一年ぶんぐらいの小遣いはもらったかな」
 一也が平然と言うのに、聖がいいのだろうかと少し困惑気味にみている。
 「俺たちが味わった屈辱を考えればこんなのはした金だぜ、な?!」
 どうやら一也は今回の事件の一切を、父親のせいにして折り合いをつけようとしている。でないと虫の居どこがおさまらない。
 「でも家具からなにから全部そろえてもらったし、そのうえこんなにお金まで……」
 「そんなの当たり前。まぁだ全然足りねえよ」
 聖の幼いころの姿が脳裏に焼きついている一也にしてみれば、怒りが少々のことではおさまらない。本当に、自分のことのように思えているのだから不思議だ。
 「まあ、当分はこの手でいけるな」
 魔に犯されていたとはいえ、息子の足をなめたり踊ったりしていた姿をみられているのでは、バツが悪すぎるだろう。一也と聖に頭があがらないでいることは間違いなかった。
 「まあ、今回のことはいい経験だったよ」
 そう言った一也に、聖が驚いたように言った。
 「え、そうなの?」
 まわりのギョっとしているリアクションに、一也の方がびっくりする。
 「だ、だって天上天下唯我独尊みたいな顔してやがったジジイが、あ、あんなに情けない顔しててさ……」
 「そうか、そうだった。ならよかった」
 一也の言葉を最後まできかずに、聖はうれしそうに目を輝かせ、肩に手をまわしてきた。
 なんで彼はこんなに喜んでいるのだろうか。さすがに一也もなにかしら不穏なものを感じ、肩の手の重みにビクついた。
 「……よ、よかったって、なにが?」
 「いい経験だって少しでも思ってもらえたなら、また融合しあってもいいってことだよな一也」
 「なんで、そうなるんだ?」
 いやそうな顔をするのに、いきなり聖に抱きしめられた。
 聖は最近みょうなスキンスップをしたがって困っているのだ。
 どう対処すればよいのかわらないし、まごつく。幼いころ足りなかった温もりを今ごろ一也に求めているのだと思えば、我慢できなくもないが、やはり野郎の体温は心地いいものではない。
 「魂の片割れ同士だものねぇ。やっぱりそばにいた方が落ち着くのよ。一つにかえりたがるのよきっと、心がさ」
 二人をみてしみじみマリアはうないた。
 抱きしめられる腕に力をこめられ、一也はもがいた。
 「一つにね、戻りたいっていうんだよ魂がね」
 「は、はなせよ、気色悪い!やめろ聖のバカ!」
 「だってマリアさんも云ってただろ、したいことをしろ、一也を使えって」
 艶やかな微笑を浮かべる。
 「バカ!だ、だれがおまえのママゴトのつきあいなんてするかよ!――マリア、無責任なこというな、こいつもたいがい一本切れてやがるんだからな!」
 融合などと、二度としたくない。なんのために二つに産まれたのだ。
 一也の様子に、マリアはゲラゲラ笑っているだけだった。
 「まあ、覚悟して面倒みてやんなさい」
 「そうだよ一也、よろしくな、魂の片割れ」
 「ぜったいイヤだっ!」
 きっぱり断るのに、一也は太ももをつねられとびあがった。
 あの恐怖を思いだし、必死でふりはらう。誠人の背後に隠れる。
 「あ、あんな思いを二度としてたまるか!だいたいだな、せっかく二つに分かれてるのに、もとに戻ってたまるかよ!」
 「ああ、もしかしてまた、傷えぐるなんてこと心配してんの?だったら安心してよ。あのときは化物にとり憑かれてたから、あんなひどいことしたけど、もう傷に指つっこんだりしないよ。あの痣を消してあげるからさ」
 「いらねょ!死ぬほど痛かったんだからな、このくそボケ野郎が!」  
 不思議なことに、治りかけた太ももの肉の上には、また、あの痣がよみがえっていたのだ。
 また怪物に狙われるぐらいなら、こんな痣とってしまおうかと冗談でも言ってしまったのを、からかわれているのである。
 助けをもとめるように言った。
 「誠人、おまえからもなんとか言え。あのふざけたやつに!」
 「一也くんたちは前の世でもね、ずっと寂しい思いばっかりしてきたんだよ。だから二つの魂に分かれたんだと思うよ。その思いは萩森くんのほうが強く引いてるみたいだね」
 「な、なにを落ちついた顔でわけのわからないことを言ってんだよ!」
 「そうだ」
 聖が思いだしたように言った。
 「宿世でも前世でも、同じ孤独を知っていた。だからこそ、僕たちは二つにわかれて生まれてきたんだ。一人では耐えがたい孤独も、二人ならば耐えられるから。だから……」
 神剣叢雲(むらくも)は、そんな姿の主人をずっと見続けていたのだ。だから憶えている。
 もしかして、誰より二人の運命を知っているのは、誠人なのかもしれない。
 「でも、やっぱり求めるんだよね、一つに戻りたいって」
 神妙な顔をしたのは一瞬だけだった。聖はしみじみ言った。
 なるほどと誠人が同意した。
 「それはわかるよ、うん」
 「ま、誠人?」
 「僕だってだってさ、戻りたいもん。あるべき場所に。持ち主のそばに、ずっといたいよ一也くん」
 一也をじっと熱い視線でみつめている。
 寒気が二乗――。
 「そうよね、誠人ったら一也くん追いかけて転生したようなもんだものね」
 マリアが息子を応援しようと口を出した。
 「僕は一也くんのものだからね。離れないよ」
 「なっにを――だって、なら聖だって同じじゃないか。同じ魂だろ?」
 「もちろん。でも僕は一也くんに反応しちゃうんだから、しかたないだろう?」
 それも神剣ならばしかたがない。
 聖が陰なら一也は陽。聖が月なら、一也は陽の光なのだ。だれもが光をもとめ、月に安らぐ。
 神剣は日の光に属するものなのである。
 一也は冷汗をふきだし後にさがっていた。
 詰めよられ、オタオタした一也は、マリアに助けを求めるように見上げた。
 「いいわねぇ、かずちゃんモテモテだわ。両手に花じゃない?」
 「いやだ!花なら女がいい」
 「じゃああたしでも?」
 マリアが明るく笑い、必死で首をふっている一也をつねると、フードをかぶった。
 三人の前で未来をうつしている水晶は、光をまぶしくはねかえしていた。
 魔女の目には、何がみえているのか。それは誰にもわからなかった。

  

                                 終わり



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