糸の館

5



 花菜がすぐ隣にいても、咲子はもう顔さえみようともしなかった。
 瑞恵という毒そのものに犯され、身も心も蝕まれ腐りきっている。
 「瑞恵お姉様はどこ?ねえ、どこにいらっしゃるの」
 鬼幽のようにやつれた顔は痛々しくさえあり、もう彼女は自分が本当に、瑞恵をさがしているのかどうかもわかっていない。ただ何かを追い求めなければならないようにして、さまよっているだけだ。
 どんな夢をみているのだろう。あまい毒は死へのいざないに似ている。
 しばらく捜していた咲子がいなくなるのを待ってから、瑞恵がうんざりしように顔をだした。
 「やっと行ってくれたわね」
 「瑞恵さん!」
 「やんなっちゃうわ。あの子の陰気な声を聞くだけで気分がめいっちゃう。あ〜あ、気晴らしに新しい服でもつくろうかしら。――ねえ花菜ちゃんも新しいお洋服はどう?」
 瑞恵は気分転換だとばかりに花菜をさそう。まったく悪びれもしていない。
 花菜は首を横にふっていた。
 「い、いえわたしはお洋服はもう十分です」
 「そうなの?残念だわ。一緒にお出かけできると思ったのに。そういえば、お姉様がさがしていたわよ。お茶でもどうかしらって。いいお紅茶が手にはいったんですって」
 瑞恵はそう言うと、背伸びをしながらさっさと行ってしまった。
 ここ連日、亡霊のような咲子の声と、地下からきこえる美弥の喘ぐような声が、屋敷中に不協和音を奏でていた。
 花菜はそんな陰鬱な声を聞いていると気が重くなり、外出する気にならないのだ。
 昼だというのに薄ぐらい部屋でぼんやりしていると、外の世界の明るさが、どこか遠い異国のように感じてしまう。
 花菜は明るい陽光の世界に違和感を覚えるようになっていた。
 心の奥底で、何かがゆっくりと目を覚ましかけている不安があり、その陰がつきまとって離れない。
 それは荒々しくて凶暴で、いまにも身をひき裂かんとしている魔獣みたいでもあるのに、半身かと思えるくらいふしぎな懐かしさもまた同時に存在している。
 もしかすると、一人の時間がながすぎて、その存在に気づかなかっただけかもしれない。
 魔獣は体のどこかにひそみ、表に出てくるのを虎視耽耽と狙っていた。だれより熱く激しい情熱をもてあまし、花菜はそれとの折り合いを必死につけ、押えつけてきたのだ。
 暴走をゆるしてしまうと、きっと親しい人みんなを傷つけてしまう。
 愛する人でさえ、深い闇に投げ込み、殺してしまう。
 花菜はふと自分のそんな感情にひどく驚いた。
 そんなことを考えてしまうなんてどうかしている。
 ここでの普通ではない空気に、頭まで害されてしまったのだろうか。頭を弱々しくふった。
 花菜はしらずしらずのうちに靱也を目で追っていた。靱也はテラスの石柱にもたれ、ぼんやりと庭をみていた。
 いつからかはわからない。彼の存在をいつもどこか目の端で追っている自分がいた。
 靱也の遠い目は、疲れをふくんだ穏やかさで、視線の先に沙也子をみていた。
 そこには花菜にみせる否定的な色合いは少しもない。どこか早生に似ている気がする。
 「靱也兄さんも、沙也子さんのことを・・・?」
 花菜は突き抜けていく胸のいたみに、ギクッとした。
 彼から目をそらし、いたたまれない気持ちになって顔をふせる。
 早生も靱也も、みんな自分を通りこして、遠くをみている。
 なぜ自分ではないのだろう。
 淡い思いが、彼らの厳しい表情さえ優しくし、気づきもしないほどにやわらいでいる。
 自分はきっと影法師なのだろうと思った。
 いつもだれかの光でしか現れることのない、透明な存在なのだ。どこにいても、だれかの前に立っていてさえ、自分を視ているひとがいない。
 涙がにじんだ。
 花菜はそんな自分に驚いた。なんでこんなに悲しいのだ。
 理解しがたいこの感情はなにを意味しているのか。誰の思いが、胸をこんなに痛くするのだろう。
 まさしくこれは、嫉妬ではないか。
 「実のお兄さんなのに・・・」
 あの人の心の中に居たい――。
 靱也のあたたかい言葉を求めていた。
 優しい、視線を欲し、温もりを感じたかった。
 靱也の手はだれよりも心地よい。彼に包まれていると不安が水にとけるように薄らぐ。
 直次と咲子のやってきた日、花菜はおもわず吐いてしまった。
 周一におそわれた不快さを呼び起こされ、嫌悪と緊張のあまり、我慢できなかったのだ。
 もともと吐くものなどなにもなく、口からあふれた胃液を、靱也は何のためらいもなく、手で受け止めてくれた。
 大きな手だった。汚いから、というような感情はまったくなかった。できるだけ花菜がよごれないように気遣い、震える体を抱いてくれていた。
 どれほど嬉しかっただろう。
 泣いてもいいと言ってくれた。我慢しなくてもよいのだと何度も何度もささやき、背をなでてくれた。
 いままで誰もそんな言葉を与えてくれはしなかった。吐き出したものを受けとめ、それでもいいのだと言ってくれる人はいなかったのだ。
 それがただの肉親の情であったとしても、同情であってさえ、泣きたくなるほど嬉しかった。
 病気に苦しんでいたとき、いつも一人で苦しい息のなか、声を押し殺して泣いていたのだから。
 庇ってくれていた早生でさえ、花菜の心の凍えを癒してくれる存在ではなかった。
 「あのひとが、好き・・・・」
 花菜は感情が押さえられなかった。
 まるで感情が溢れだすように、次からつぎへと溢れでて、大きな目から涙となってこぼれおちた。
 靱也のぬくもりに焦がれるように、あの時を思いだして花菜は自分をだきしめる。
 いつも悲しい目をして花菜をみていた靱也の表情が、まぶたに焼きついている。
 厳しい言葉とはうらはらに、いつだって彼のなかの優しさがにじみでていた。まるで心の奥底にひそむ情の深さに気づかれたくないように。
 人はどうして、愛情を求めるのだろう。どうして与えられるだけで、満足できないのか。
 愛情は、やがて執着にかわり、そして憎悪と姿をかえる。
 こんなにも欲しがっている自分が、ひどくあさましい存在に思えた。しかも、相手は血のつながった兄だというのに。
 それほどまでに、愛情に飢えていたことに花菜は気づいていなかった。
 傷つかないよう、それを求めないよう、ずっと自制してきた。
 自制しすぎて、ついにそれ自体を忘れてしまったのだ。
 キリッとした鈍い痛みが、下腹部をおそった。声をあげるまもなく、もえるような熱が全身をつらぬいた。
 花菜はそこに重みを感じた。
 まるで、花菜にしか理解できないような、――脈々とうけつがれてきた、この家の女だけしかもてない、悲しみと愛情のいり交じった、倒的な力が、からだの奥底へと入り込んでくる。
 力がうまれた。
 はっきりと、花菜の中で鎌首をもたげたのがわかった。
 花菜は青ざめた。生温い感触が内股を伝い、足首におちていったのだ。
 それは真っ赤な血だった。
 その日、初めて、花菜は女になったのだった。女としてはかなりに遅すぎる初潮は、また新たな幕開けでもあった。




 誰かに抱きしめられているのがわかった。
 花菜はその手を知っていた。
 おなじ種類の、人間の手だ。
 いつも一人で暗闇をさまよい、自分の居場所をさがしていた。
 孤独の意味を知っている寂しいひとである。
 その手は、優しくほほをなでた。なぜだか涙がこぼれた。
 この人は待っていたのだ。ずっとここで、花菜が来るのを待っていた。
 名残りおしげに、手が、離れていった。体の一部をもぎとられたような喪失感があった。
 『ずっと、待っていました。いつかはわたくしのもとへと帰ってきてくださるのを。あなたがわたくしを愛してくださるのを』
 そう言ったのは、月の雫のような美しい女性だった。
 悲しげに顔をふせ、切なく言う。
 『愛しているからこそ、わたくしはあなたのものにはなりませんでしたのに。あなたを愛していたからこそ冷たく振舞い、子をなすことを諦めたのに』
 泣き崩れるかぼそい体が小刻みにふるえている。ふたたび顔をあげた目には、夜叉の殺気が溢れでていた。
 『それほどいうのならば、わたくしをお抱きなさいまし。あの女を愛したあなたになら、わたくしもこの体を許しましょう』
 息苦しいほどの絶望感。
 その言葉をどんな思いで言ったのか。
 心の奥底で、悲しみと熾烈な嫉妬が渦巻き、彼女を溶かそうと雄叫びをあげている。
 花菜は、男のおろかさを嘆いていた。
 理解されることのない、一族の呪われたさだめに胸をかきむしられるようだった。
 初めて抱かれた愛する男の体は、女の性に火をつけた。そしてたった一回かぎりで、燃え尽きさせてしまった。
 彼女は啼いていた。
 体内に宿った魂のために、夫を殺さなければならない残酷さと、一族の気高い魂の熱望ゆえに、わが子を裏切れない悲しみに。
 男の悲鳴が聞こえた。
 その悲鳴は凝固され、そのまま封じられてしまった。そして彼の隣には、彼女の美しさに及びもしないような下賎な女の姿があった。
 花菜は悲鳴をあげ、目をさました。
 肩で息をしていた。
 「……夢?」
 なぜ、こんなものを見るのだろうか。それとも誰かの夢に紛れ込んでしまった?
 悲しさに胸がつぶれるように痛み泣きながらベッドのなかで身を縮めうずくまっていた。
 不安ばかりが日増しに大きくなっていくようだった。




 めずらしく、菖子が、花菜の部屋に足をはこんできていた。
 いつも通りに黒いドレスに身をつつみ、陶器のように冷たく美しい笑みを浮かべている。
 「おかげんはいかが?体調をお崩しになったと聞いたものだから」
 「いえ、別にたいしたことはないんです」
 「初潮が、こられたそうですね」
 ドキッとして顔をあげた花菜に、蜃気楼のように遠く涼やかに言った。
 「おめでとうございます。これで、れっきとした女となられましたのね」
 「――は、はい。ありがとうございます」
 花菜はなぜかひどく恥ずかしく目をそらした。恐縮してしまう。
 それは同じ年の女達にくらべ、かなり遅いといえる。十五才になってまだ来ないということは、少なからず不安を花菜にあたえていた。
 咲子など、十の年からきていたし、村でも花菜より年下の娘がすでに身ごもっていたりしていたのだから。
 だが花菜の本音は、それが来ることに対して、漠然とした恐怖もまた抱いていた。
 女という存在の悲しさが、十二の歳で、周一に襲われてからというもの、ずっとつきまとっていた。
 栄養不良だったということも手伝ってか、心の不安定さそのものに、初潮は、やってこなかったのだ。
 花菜はなぜいまになってきたのかと想像し、すぐに思い当たって、赤面してしまった。花菜のなかの女である部分が、うずいたのだ。
 「初潮は、女の呪力がめざめた印」
 「えっ?」
 菖子が祝詞でも唱えるかのように言った。
 「月経の周期がはじまるとき、女は特別な直感力を得るのです。それは女だけがもつ神聖な呪力となる。――時は満ちました。我々は祭りの用意をしなければなりませんわ」
 それが「祭り」の始まる合図であった。
 顔色を青ざめている花菜に目をやり菖子、はおだやかに言った。
 「巫女として神の声をきき、神にその身を捧げ、あなたは神の花嫁となるのですよ」
 鬼の花嫁にでもなれと言われたような顔をしている花菜の髪を、優しく指でかきあげた。
 「だいじょうぶ。一族の女ならば、みなが行ってきたこと。洞窟にはいり、神に祈りを捧げてくるだけでいいのです。どうということはありませんわ。わたくしも、巫女として十四の歳まで努めてまいりましたからね。心配することなど何もないのよ、神はお優しい方ですもの」
 不安を隠しきれずにいる花菜に、
 「あなたはただ(みそぎ)をして洞窟に入るだけでいいの。それすれば村人の気がおさまるから」
 優しいが、そこには否という言葉は存在しない。
 「一族の女なら大丈夫。神を信じて」
 まるで、彼女自身が『神』と会ったかのような口ぶりである。
 だが菖子なら、本当に神に会っていてもおかしくない。
 もう一度花菜の頬をなでると、そのまま笑みをくずさず出ていった。花菜はただ不安げに、菖子の後ろ姿をずっとみつめていた。




 巫女が禊をすませ、精進潔斎をはじめたという噂は、またたく間に村に広まっていった。
 にわかに村は奇妙な活気につつまれた。人々の顔つきまで変わってきている。
 巫女である当の本人である花菜は、べつだん日常の生活とちがうことをしているわけでもなく、ただ日々の食事が野菜だけとなり、裏山にある枯れかけた池で、日に何度か水垢離を行えばいいだけのことであった。
 だがひとつ違うことは、あの古いお堂の扉がひらかれたことであった。
 なかは年輪をへた梁が天井につよく渡してあり、柱が黒くひかっていた。時の古さをかんじさている。
 いつの時代のものかとおもわせる太鼓や美しい笛、鈴など、その他見たことのない雅楽器や、鏡などの神具がおいてあり、その最も奥の部屋に、立派な拝殿が設けられていた。
 幾段かに並べられた棚には、盛り塩と御神酒がそなえられ、毎日水をかえてサカキをかざっていた。
 お堂に一日こもって身を清めた後、やっと洞窟にはいり、御神酒をささげるという。
 そしてそこでしばらく祈りながら、『神の声』といわれるものを聴いて来るのだと教えられた。
 いまだおさまりきらぬ神の怒りを、巫女の請願によって静めてくるのが本来の目的らしい。
 洞窟は神の母胎であった。
 古来より、女は命を育むことの出来る小宇宙をもつとされ、神の命さえ宿すことができる。
 そのため大地の子宮ともいわれる神の洞窟に入ることが許され、声を聞くことができるのは、身を清めた巫女だけなのである。
 ただその入る日にちは決っておらず、巫女の月経がおわって十五日目とされていた。
 それは子を宿す力がもっとも強くなるために、女の力が増し、神との交信を易くするためだという。
 今のように女性を低くみるのは、異国よりもたらされた習慣であり、時を同じくして、日本に先住していた神々もまた、魑魅魍魎のごとくおしやられ、化物とされてしまった。
 神は姿形をかえながら、小さな村にとどまり、細々と今日まで生きながらえてきたのだ。
 その神々でさえ、もはや少なくなっている。我が一族の神はそんな神々の一人なのだと、そう菖子が語ってくれたのだった。
 花菜は洞窟にはいるのが、本当は嫌だった。
 あそこはなにかしら空気がちがっていて怖い。何かがひそみ、きっと花菜を待っている気がする。
 もし運命が変えられるとしたらそこだと思う。
 確信にみちたものがかけぬける。
 いや、そんなふうに考えること自体が、すでにもう変わってしまった証拠かもしれない。
 ここに来てからというもの、水が高いところから低いところに流れるように、運命もまた、流れてしまっているではないか。
 「花菜、花菜ッ!」
 食器がたたき割られる音が派手にした。
 地下の美弥だった。
 美弥もまた、祭りの日取りがきまってからというもの、やけに凶暴さを増していた。
 暴れわめき、なぜか花菜でなければ食事を受けつけようとしなくなっていた。
 近寄るものは、だれだろうと無差別に襲いかかろうとし、牙をむける。
 野獣の因果に捕らわれてしまった哀れな妹だった。
 どうして自分に懐くのかはわからないが、きっと彼女もどこか深いところで、血のつながりを感じているのだろう。母を思いださせて、互いに近い気にさせる。
 「美弥ちゃん、どうしたの?」
 水差しが割られていた。青い破片が飛び散り、畳がぬれている。
 狂ったように暴れていた美弥は、花菜をみると叫ぶのをやめた。手に持っていた白い棒のようなもので鉄錠をたたき、喜びを現す。
 「花菜、花菜ッ!」
 手をさしだすのに、花菜はそっと握ってやった。
 靱也にはきつく止められていたのだが、誰もみていないときには、花菜はときどき彼女の幼い手を握ってやっていたのだ。
 そんなときの美弥は、けして乱暴なことはしなかった。子供のようにキャキャと笑うだけだ。ときおり花菜の束ねた髪で遊び、甘えてきたりする。
 狂気と無邪気さの、両方をはらんだ気まぐれな女神のようだった。しどけない態度で妖しくみつめられたら、きっと男ならばたまらなくなるだろう。
 乱れた胸元から、小さな青い果実のような乳房がのぞいていた。だれかの悪戯をうけたように帯が乱れ、誘うように太股を露出している。
 もちろん美弥は気にするふうもなく、花菜が女だとわかってしているのか、触って欲しいとばかりにその手を胸に引っ張る。
 「み、美弥ちゃんだめよ。ほら・・・・」
 美弥にしてみれば、たいしたことはないのかもしれないが、肌に直接触れる行為は花菜にはどこかはばかられるものがあった。
 「ねえ、その手に持っているのはなあに」
 花菜は美弥気をそらそうと、先日からずっと握っている白い棒のことをたずねてみた。
 美弥は取られるのかと思ったらしく、サッとそれを袖に隠し、牙をむけて、威嚇するようにうなる。
 花菜はずっとそれが、骨のようにみえてしかたなかった。まさかと思うが気味がわるい。
 ガタンッと上の部屋で物音がした。
 美弥は奥の方へかくれてしまった。がちゃがちゃと白いものを玩具のように転がしはじめる。
 花菜は階上の音がきになり、階段をのぼっていった。
 音のするほうへたどっていくと、人の気配がする。
 誰だろうかと部屋の障子戸をそっとあけた。
 なかにいたのは高澤だった。
 高澤は、違い棚のうえにおいてある綴り箱から、巻物のようなものをサッと懐におし入れた。訝しげな花菜の視線にきづくと、ぎこちない笑いをうかべ、どうごまかそうかというように頭を掻いた。
 「や、やあ、あの、ちょっと調べものをしたくてね、あ、菖子さんの許可はとって――」
 「そう、ですか。あの、でしたら明りでもお持ちしましょうか。ここは薄暗いので・・・」
 「い、いやいいんですよ。結構です。もう終わりましたから。アハハハッ」
 わざとらしく笑うと、逃げるようにそそくさと出ていった。
 花菜はなぜか安堵のため息を漏らしていた。
 まるで泥棒と鉢合せしたようなおそろしさだった。まだドクドク心臓が鳴っている。
 「こういう場合は、声をかけない方がいいですよ。ああいった輩は追いつめられると、何をしでかすかわからないですからね」
 「は、早生兄さん?!」
 気配もなく、背後にゆらりと立っていた。
 この家にきてからというもの、彼から声をかけてくることはなかったのでびっくりしてしまった。
 「ネズミにうかつに近寄って噛まれたらどうするのです。万が一のことがあったら大変です。自重してください花菜さん」
 「そ、そうね・・・ごめんなさい」
 もともと寡黙なほうであり、表情をあらわすことのなかった早生は、やはり口調もそっけなかった。
 昔から、助けてくれているのに、そこのことに気づかないでいることもままあった。
 ときおり花菜は、このひとは、本当はネジのついたカラクリ人形なのではないかと思うことがある。義母のみさに怒鳴られていても無表情のままであったし、咲子がどんなに言い寄っても、虫ケラでもみるような冷たい目をしていたのだ。
 読みとれない彼の顔をじっとみつめる。
 「花菜さん、一緒に逃げましょう」
 「えっ、な、なに?」
 「俺とこの家から逃げましょう。あなたの面倒は一生みます。花菜さん、逃げましょう」
 とっさに何を言っているのかわからなかった。
 だがすぐに、なにを真面目な顔で冗談を言っているのだと、花菜はプッと吹き出した。
 そんな棒読みの台詞で言われても、誰もだまされはしないだろう。子供だってもうすこし色気がある。無機質な声音は、色恋ざたの告白ではないとすぐにわかる。
 ただ悲しいことに、早生だけがそのことに気づいていないのだ。
 「花菜さん・・・?」
 怪訝そうにいうのに、花菜はこころもち顔をひきしめ、睨んだ。
 「つまらない冗談だわ。それは誰の命令なの?」
 人の心をもてあそぶような冗談は、冗談にならない。時には残酷なナイフとなり、心を突き刺すことだってあるのだ。
 そして、その言葉なら、小杉の家にいるときに、どれほど聞かせてほしかったか。
 「俺は、あなたを連れて逃げ――」
 「もういいわ、やめて」
 打ち切るように言った。おとなしい花菜にしてはめずらしく本気で怒っていた。
 「あの、俺は・・・」
 さすがに早生も何を言っていいのかわからなくなったらしく、うつむいて黙り込んだ。
 早生のそんな様子に、花菜は強めていた瞳をなごませた。
 ここにきてからの早生の変化ぐらい、花菜にだってよくわかっている。
 彼はたぶんずっとここに戻りたかった。沙也子のためにこそ生きたかったのだ。
 だから帰ってきてからというもの、まるでその人のためにだけあるかのように、いつも寄り添っている。
 美しいあのひとと同じ空気をもち、言葉のいらぬ世界で目だけで見交わして通じあっている。
 そのことが、しばらくのあいだ花菜の心を悲しくさせていたのは事実だ。本当に、義務だけで、彼がそばにいてくれたということが嫌でもわかってしまうから。
 怖くて花菜のほうから近寄ることができなかった。はっきり確かめたくなかった。
 早生の台詞は、だから誰よりも残酷なのだ。
 「沙也子さんが、好きなんでしょう」
 おだやかな優しい声に、早生は花菜をビクッとしてみた。
 光のぐあいで琥珀色にも見える花菜の瞳は、真実をうつす鏡のようであり、もはや嘘は通じない。
 「――たしかに、あの方は俺の命です。あの方だけが、俺のすべてだから・・・・」
 言った早生の顔がとたんに安らいでみえた。やはり彼とてつらかったのだ。
 その表情をみていると、花菜はふと、早生はいくつなのだろうと思った。見た目ではたぶん二十二、三才ぐらいだとは思うが、本人から聞いたことはない。
 時々ずっと年がいっているように思われることすらあった。出生もわからないままこの家にいる。謎のおおい人物だ。
 「聞かなかったことにしておくわね」
 早生は花菜に、本当に申し訳なさそうに頭をさげ、そのまま行ってしまった。
 柱の背後からのびている薄い影に、ふうと息をついた。
 やはり、靱也だった。
 闇から分離するように、靱也は目の前にあらわれた。
 背に負った光のせいで表情はみえない。けれど彼から流れる思いの小波は、花菜を溺れさせてしまうほど溢れだしている。どうしてそんなに切ない顔をしているのか、わからない。
 「なぜ――」
 二人の声がかさなった。
 「なぜ、逃げなかった」
 そう最後まで言葉を続けたのは靱也だった。
 花菜はただ、首をふった。
 「靱也さんこそなぜ早生さんにあんなことを言わせたの?あんな酷なことを……。彼は、沙也子さんが好きなのよ。わたしではなく、沙也子さんを」
 そう、自分ではないのだ。
 みんないつもそばをすりぬけ、いつも遠くを目指していってしまう。誰もそばにいない。
 闇がすぐそこまできていた。花菜の心を手繰りよせ、手をのばしかけている。
 「花菜っ」
 ふいに靱也に抱きしめられた。
 花菜は思いがけない行為に驚き、靱也から薫ってくる花のにおいに目眩がした。こうして彼の腕に抱かれたかったような気がして、なにも、わからなくなってゆく。
 「ゆき――」
 息がとまるほどの力に、声が途切れる。
 花菜は一瞬、鮮明な映像が脳裏をすぎてゆくのを見た。
 幸せな夢だった。
 このひとと、ずっと時を重ねてゆく自分がいる。最も幸せで、はかなくて残酷なただの夢。
 ここにも孤独があるのだと思った。
 靱也の腕のなかには、まるで花菜から流れおちたような孤独があった。
 心地よかった。
 同じなのだ。なにもかもが、同じすぎて重なってしまう。
 日常的な飢えや病による死よりも、孤独には耐えがたい苦痛がある。
 人の心を殺す魔力があって、ゆっくりと心を殺してゆく。
 そして靱也はそんな孤独を知っている。
 花菜は靱也の胸に顔をうずめ、なぜかそう思わずにはいられなかった。




 かすかな流れのある池は、ほとんど枯れ、膝までもなかった。
 花菜は白い装束を身にまとい、背でひとまとめに髪を結わえあげ、池の水で体をそそいだ。
 水底にゆれていた白い人型のものに手を伸ばした。石に引っかかっていたそれは、布の人形であった。
 何か書かれていたらしく、わずかに黒く染みのような跡が残っているが、今は洗い流されてよくわからない。
 人形はもともと、人のかわりに厄災や願いを負わされ、流されるものであった。魂を再生させる、魂振りの役目をになっていたのだ。
 きっとこれもそんな思いのなごりだろう。花菜は冷たい流れにそれを放つ。
 水は冷たかった。夏だというのに、肌がキュッと引き締められるようだった。
 山の木々は、若葉の青からいつのまにか深緑にかわり、風にゴウゴウとゆれている。
 その音を聞いていると、あまりに雄大で意識が遠くなってくる。全身を乗っ取られそうだ。
 花菜は気をひきしめると、お堂にはいっていった。
 別の白い袴と単衣の衣装に着替えると、洞窟に入らねばらないのだ。
 洞窟の中央に、祭壇が設けられているらしく、そこに塩と御神酒をそなえ、祈りを捧げてこなければならない。
 祈りの時間は教えられていなかった。
 ただ膝まずき、手を合わせてくればいいのだと菖子は言った。行けば自然に教えられるだろうし、巫女はみながそうしてきたという。
 本当にそこに神がいることを確信しているように聞こえた。
 いつも菖子の言葉は謎にみちている。
 半分信じかけている自分に、まさかと苦笑しながら、教えられた小道をとおり、洞窟にむかった。小さな燭台と蝋燭が与えられているだけである。
 拝殿からそう遠くないところに、地下へ続く穴がぽっかり広がっていた。
 何度かここは通ったはずなのに、気づきもしなかった。大木が穴を隠すように倒れていて、苔がみどりの絨毯のように覆っている。
 木は腐り、柔らかくなったそこから若木の目がヒョロリとのびていた。花が咲いているのに虫がとまり、実をつけたそれを動物がたべている。
 命は、たしかに循環している。
 自然の輪には、天のはからいを感じてしまう。
 一匹として無駄な虫はいないし、無駄な動物はいない。一種たりとも無駄な草もなければ死骸や枯れ木さえ、意味があるのだ。
 死は、次へとつづく命の営みの宝物だった。
 花菜は自分のからだも同じように循環しているのだろうかと思った。自然から生まれた物は、自然に返さなくてはならない。
 命は、すべて、神からの借り物だった。
 肌がピリリとする涼風が吹きあげていた。
 花菜は小さな暗い入口に茫然とたたずんだ。
 たったひとりで進んで行かなければならない。かなり勇気がいる行為である。
 手に燭台の蝋燭に火をともし、花菜は覚悟をきめると、一歩一歩ふみしめていった。
 途中、火が消えないように手でおおった。身にしみわたる暗闇にいると、なぜだか靱也の顔が思い出されてきてしまう。
 「だめ、弱気になっちゃ」
 頼る気持ちがでると、なにもできなくなってしまう。
 自分でなすべきことを、誰もかわってはくれない。いつだって、自分で進むしかないのだ。
 洞窟のなかは、思ったより暖かだった。
 じっとりした湿り気はあるが、それほどの閉息感はなかった。風も弱まってきている。
 小さな水の流れに沿ってくだっていった。
 ボウッと白いものが浮き上がってきた。
 それは、なにかはっきりしないが、あちこちに散在しているようだった。
 足をとられないよう気をつけ近寄り、火をかざしてみた花菜はヒュッと息を詰まらせた。
 「ほ、骨?!」
 無機質に白いかたまり。無数の人骨である。
 何体分になるのかはわからないが、かなりの数が積み上げられているようだった。
 壁にはりついた花菜は、あやまって骨の一部を踏み、しりもちをついた。
 ツルリとした異様なつめたさに、背後をふりかえる。
 人型をしたツララがそそり立っていた。
 花菜は悲鳴をあげた。
 恐怖のあまり声が枯れ、悲鳴になっていなかった。
 足元に転がった蝋燭の火が消えた。闇がいきなりおとずれた。
 花菜は闇のおそろしさに、気が動転してしまい、何がどうなったのかもわからぬままに走りだした。
 御神酒の瓶が落ちて砕けたのにも気づかなかったが。
 きついアルコールの匂いがあたりにたちこめていた。恐怖のまえでは、巫女であることも目的も頭からふっとんでしまう。
 闇はいとも簡単に人の思考を狂わせる。人間のいだく恐怖そのものなのかもしれない。
 これほど闇を恐れるのは人間だけだろう。もしかしたら、人類が抱く共通の不安であり、負の力が最大になる根源なのかもしれない。
 花菜は走りながら、うっすら光を放つものに気がついた。無我夢中でそこまで走り、それがやっと苔だとわかったのはしばらくしてからのことだった。
 見たことのない珍しい苔だった。
壁いちめんに緑や黄色の手をのばしていた。その中の一部がにぶく光っている。
 花菜は闇からのがれられた安堵に、どうにか自分を落ち着かせることができた。
 気づくと、目のまえの岩肌がくり抜かれ、段になっていた。そこが祭壇場であるのだと、だいぶたってから、ようやく気がついた。
 持っていたはずの御神酒はとっくになくなっていた。逃げるのに夢中になって、割ってしまったのだ。
 「どうしよう・・・」
 へたりこんだ花菜はうまく思考が働かなかった。どこからか、かすかに日本酒の香りがしている。水にまじって流れているのだ。
 花菜は泣きそうになってしまった。どうすればいいのかわからない。
 ポツンと首筋に水が滴り落ちるのに、跳ねあがった。
 身をすくめ、天井から垂れた鐘乳石の先端から、地下水が滴ったのだとわかりほっとした。
 黄色に鈍く光るものが、祭壇の向こうにゆれていた。
 花菜は目が慣れてくるのを待って、じっとみつめた。
 大きな塊――琥珀である。
 信じられないほどの大きさであった。花菜の背丈よりも高く岩のようだ。
 そこに閉じ込められているものをみて、花菜は絶句した。
 まるで琥珀に食べられたとでも言うように、青年が封じ込められていたのだ。
 今にも動きださんばかりの姿であった。
 黄色い世界に固まり時をとめている。造り物じみているせいか、不思議とあまり恐怖は感じない。
 男は驚いたような、泣きだしそうな表情をしていた。なにか大切なことに気づいたのに、すでに遅すぎたといわんばかりの顔である。
 生命を封じ込められる直前に、その瞳はなにを見たのだろう。
 男の背後に、一回り小さな琥珀があった。
 そこに閉じ込められているのは女だった。
 男の身なりの良さに比べ、女はすぐに貧しい生まれの者だとわかった。着物も質素であり、田舎育ちの、人のよさそうな純朴さがある。彼女は静かな表情をしていた。どこか、幸せそうですらあった。
 花菜はそれほどまでに大きな琥珀をみたことがなかった。
 いや、それよりもなぜ人が琥珀などに封じ込められているのか。これはいったい何なのか。その方が不思議でならない。
 琥珀は鉱物ではなく、針葉樹の樹脂が化石化したものである。そのなかに閉じ込めたものを、そのままの姿で、永遠に密封してしまう力をもっている。
 これでは、まるで琥珀が意志をもち、男女を包んでいるようではないか。不自然すぎている。
 散乱している人骨といい、この人を飲み込んだ琥珀といい、ここはなんのための場所なのだ。
 見上げながら無力さを感じてうずくまってしまった。力が抜けて、立てない。
 あちこちに水がしたたる音がしていた。
 規則正しく水滴がはね、自然の協奏曲のように聞こえてきた。
 こうしてすべてを委ねてしまうと、闇も案外、心地いいものなのかもしれない。
 しばらく音を聞いていた。
 ふと、それに混じり、なにかが動めく雑音がきこえる気がした。耳を澄ませると、段々大きくなってきているのがわかる。
 空気がかわった。
 一瞬にして霊気がたちこめ、視界が白くかすんだ。
 ただならぬ気配だ。
 生ぬるい風が頬にかかり、大きな黒い影が、もやにうつしだされる。
 全身を支配するような威圧感があった。人の世のことわりの外に棲んでいる者しか持ちえないものである。
 悲鳴をすいとられるのと同時に、花菜は意識もまた遠のいていった。
 吐きだす妖気が花菜のなかに充満して、骨の髄まで染みこんでくるようだ。熱が体中の細胞を焼いてしまう。
 花菜は自分が変わっていくのがわかった。
 その手に抱かれ、再生する日をたぶん待っていたのだと思う。
 神の花嫁になるその日のために、それだけのためにここにいる。
 意識がだんだん消えかけた。
 影が大きくなり、花菜にかぶさった。
 それが突き刺す(やいば)を受け止めたとき、人ではなくなるだ。
 閧の声をまっていた。
 だが、花菜を抱き上げたのは誰か、別のものの手だった。
 優しく抱きしめると、花菜を取り込もうとしていた闇が霧散してしまった。
 花菜は黒い息を吐きだす。
 その手の心地よさにみをゆだねた。
 完全に気を失ってしまう寸前、どこかで悲鳴があがるのを聞いた気がしたのだった。




 村長である佐野倉のもとに、桑月がふたたび現れたのは、祭りが行われてからしばらくたった後のことだった。
 桑月はドロリとしたコーヒーをいかにもまずそうな顔で流しこみ、険のある物言いをした。
 「いやあ佐野倉さん、わたしどもも、どうしてあなた方がそこまで篠宮夫人におもねっているのかよくわかりませんなあ。たしかに篠宮子爵は名士だし、莫大な資産家でもいらっしゃる。実際、村の大半は篠宮家の所有地だといっても過言ではないでしょうが、それでもねえ」
 恰幅のよさを通りこした中年腹をせりだし、傲岸さを丸だしにした笑みをうかべる。
 「あなた方も、そこまでへつらう必要はないんじゃありませんか」
 「あんたのようなよそ者にはわかりませんよ。この村は、篠宮様のおかげで生活しているのですからな。篠宮様あっての我々だ。あの方にそっぽを向かれたら、ここでは生きてはいけん。巫女様がわれらの守り神じゃ」
 村の心臓部ともいえる篠宮に、おいそれと逆らえるはずがない。
 佐野倉が重々しく言うのに、桑月はあきらかに馬鹿にしたように笑った。
 「まあ、確かに銅山を所有されておられたり、国内での有数の林業家かもしれませんがね、なにも守り神とは――。まさか、あんなたわいもない昔ばなしを、信じてらっしゃるんじゃないでしょうね」
 人を馬鹿にしたように笑う。
 佐野倉はカッと仁王のような顔を赤くした。
 「昔ばなしもなにも――っ!土地神さまはちゃんといらっしゃるんじゃ!いままで、巫女様の祈りがあったからこそ、病も流行らずやってこられた。それをあんたのような者が祭りを馬鹿にして、怠ったがためにこんなことになってしもうたんじゃ!」
 その話に、待ってましたとばかりに、桑月は切り出した。
 「それですよそれ。なにも病を、神様の怒りのせいなんかにすることはないと思いますよ。ちゃんとした、薬でなおせる病なんですからなあ。ただ、その秘密を篠宮夫人がひとりで握っているだけのことじゃないですか」
 不遜なことを平気でいうのに、佐野倉は何をいいたいのだと疑わしげに眉をよせる。
 「だって現に、篠宮夫人が作っているのも、薬じゃないですか。特別な呪いなんてものがあるわけがない。れっきとした漢方薬だ」
 背後に控える男――秘書である槙原に目配せし、資料をださせる。
 「もう少しすれば、詳しい臨床結果がでるはずだ。こちらで採取させてもらった苔の一種だと思うんですが、それらから抽出される成分の一部が、病に効くみたいなんですよ」
 まさか、という佐野倉に有無をいわせないように、桑月は顔をよせ、取り込むようににらむ。
 「秘密のすべては篠宮夫人が知っているんだ。いや、夫人に聴かなくとも、きっと我々で解明できる。ただあの山に入らせてくれさえすればいい。なにも傷つけたり壊したりするわけじゃあない、ちょっとでいいんだ」
 「だ、だが、あの山は男子は入れん禁足地なんじゃ。神聖な巫女の山に勝手に入ると死んでしまう」
 「いまさら、なにをそんな世迷いごとを」
 「わたしは入りましたよ」
 冷静な声でいったのは槙原だった。
 いままで一言も漏らさなかったのに、その言葉にはやけに重みがあった。
 「篠宮様には申し訳ないとも思いましたが、これも皆さんのためと思って、山に入らせていただきました。ちょっとした薬草のサンプルの採取のために。でもほら、この通り――」
 「き、きさま山を穢したのかっ!」
 佐野倉の目がつりあがるのに、
 「すべては迷信です」
 槙原はにべもなくいいきった。
 桑月がもうひと押しとばかりに言う。
 「この薬ができれば、年に数十万、いや、それ以上はかるく儲るはずだ。篠宮様も、あなたがた村人も裕福になるだろうし、病が治ってみんなが幸せになるはずだ。村もきっと発展しますよ。もちろんうちの会社だって力を貸します」
 夢のような話だとおもいつつ、だんだん心が揺れてきている
 「佐野倉さん、篠宮夫人を説得してくださるだけでいいんです。もちろん、それなりのお礼をさせてもらいますよ。ええ、けして後悔なぞさせはいたしません。誓います」
 佐野倉の顔が、だんだん欲に緩んでゆくのを、槙原は嘲るように見つめていた。


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