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● 宝珠の戦士  ●

                           3

 夕餉(ゆうげ)の膳にもほとんど手をつけていなかった北斗は、その夜、やはり熱をだしていた。
 北斗が熱をだす日はだいたい食欲がなくなる。
笑顔がつらそうになったかと思うと、むっつりと押し黙り、赤い顔をして熱をだしているのだ。
 ふらふらしている北斗は布団に寝かしつけられていた。そのまま眠りにおちてしまった。
 夢をみていた。
 それは小さな頃によくみていた夢だった。
 いつも北斗は追われていた。
 イバラをかぶった骸骨が、ガチガチと骨をならすような不気味な哄笑をひびかせるのに、必死で耳をおさえ、真っ暗な道を泣きながら逃げているのだ。
 道はどこまでいっても暗く細く、誰もいないところで北斗は泣いている。骸骨の嫌な笑い声だけが、いつまでも追ってくる。
 北斗はぽろぽろ大粒の涙をこぼしながら目をあけた。
 「どうしてボクじゃだめなの?どうしてボクは選ばれないの……?」
 「北斗?」
 起きあがった北斗が泣きながら言いだしたのに、斎火は声をかけた。彼にしてはずいぶん優しい声音だ。
 北斗は斎火に目をむけた。その目は熱と涙とで真っ赤だった。まだ正気ではない。
 暗闇でとまどい、行く道を失いかけている、心もとなげなただの子供そのものである。
 「選ばれなきゃダメなの?ボクじゃダメ?」
 うわごとのように問いかける北斗の涙を、斎火がそっと指でぬぐった。
 幼子をかかえるように腕に抱き、北斗がやっと捜し求めていた温もりをみつけたように、ほうっと長い息をつき、ふたたび目をとじるまで、そのまま待っていてくれた。
 「だれに選ばれなくともよい。オレがおまえを選んだのだからな」
 正気のときの北斗には、絶対に言われたことがない言葉。
 北斗は知らないのだろうが、封印されていた天狼剣にふれ、その堅固な印を解いたのは、まぎれもない北斗自身なのである。
 「なにを言われたのかはしらぬが、もともと脳がない頭をよけいに使うな。ろくな答えなど出はせぬぞ」
 北斗の目が一瞬だけパチリとひかかれ、にこっとわらった。
 無心な笑みをむけて、斎火のひろいふところに擦りよるように頬をよせていく。
 斎火はふところから蜜柑ほどの大きさの朱色の実を取り出した。一口かじると、いくらか噛みくだく。そのまま口移しに北斗にのませる。
 北斗の喉が嚥下するのをみとどけると、ふたたび抱きよせた。
 安心したような寝息をたてたはじめた腕のなかの子供から、熱がひきはじめていた。真っ赤だった頬が、薄く桃色にかわってゆく。
 そっと頬をなでてやった。
 「よく泣くやつだ」
 虎落の言葉がなぜか甦った。
 『あなたには、ヒミカ姫の封印をやぶることなど容易いはずです。なのになぜ剣に封されるという屈辱に身をやつしておられるのだ』
 『あの子の泣き顔はあの巫女にそっくりです。だからあなたは――』
 北斗の泣き顔は、そう言われてみれば、あの女の顔に似ているような気もする。
 だがもう北斗を見つづけているので、この泣き顔は北斗以外のものではなくなってしまった。ガキくさい、クシャクシャの顔だ。
 本当に、北斗はよく泣いていた。
 子供のころから北斗の姿を、斎火はずっと封印された山で見ていたのだった。
 あれほどよく泣くくせに、真実心からつらい事があったときは、北斗はいつも山に入り、ひとり隠れて、大木のまたに身を丸くしているだけだった。
 不器用な子供だと思った。父親のことで母親が悪く言われるたびに、北斗は自分のことのようにつらがっていた。
 斎火は、それを可哀想だとか、どうにかしてやりたいとかと思ったことはない。
 ただ綺麗な涙が、惜しげもなく零れてゆくのを、もったいないような気がして見ていたのだ。
 そうして、いつしか斎火は、本当に自分が、封印されているのだということを受け入れるようになっていた。それは、なにも剣として偉大なる能力を鞘に抑えられているという、単純な意味ではない。
 「あの女は、オレに愛というややこしい、人間の魔法で術をかけたのだ」
 認めてしまえば、悲しいほど、それが心にわきあがってくる。
 ヒミカの心が胸につき刺さる。
 いま自分がどれほど優しい顔をして北斗を見ているか、斎火はまったく気づいていない。いや、彼にこんな顔ができるなどと、きっと誰も思いもしないであろう。
 三穂津は偶然その顔を見てしまっていた。
 ひどく驚嘆し、動けなくなってしまった。
 北斗をなじったものの、小さな子供をいじめたようで後味がわるく、薬でも持って行こうかと、やってきていたのだ。
 「あのように、夜叉そのものの男が、なぜあのような顔を?」
 つぶやきながらも、なぜか悔しげにクッと唇をかんだ。
 くるりと背をむけてそのまま帰ってしまおうとした。
 彼女の背後にひそみ憑いていた闇もまた、なにかに驚いているかのように微妙にゆれる。
 斎火の声が呼びとめた。
 「薬をもってきたのだろう三穂津。なぜ入ってこないのだ」
 ギクリとして身をすくませた三穂津は、からかうような斎火の声に足をとめた。
 そのまま行ってしまったのでは逃げるようで、自尊心が許さない。
 意を決すると、部屋へとひきかえしていった。
 「ね、熱を出されたとお聞きしましたので、北斗様にお薬を、おもちいたしましたのよ」
 「お前でも、多少は罪悪感をもったのか」
 「――なんの、ことでしょうか」
 三穂津は内心の動揺をどうにかおし隠し、そしらぬ顔で薬をおいた。
 どこか今日の斎火はひどく恐ろしい気がする。
 三穂津は怖々と、それでも斎火の膝で安心したように眠る北斗の額に手をあてた。
 それから不思議そうに首をかしげた。
 「熱がおさまっている?あれほど高かったのに、なぜ……」
 「これを飲ませたからな」
 斎火は袖から先ほど北斗にあたえたあの実をとりだした。
 「それは何ですの?」
 「吉祥果だ。この実は、どんな病にもきく万能薬だ。どんな傷でもたちどころに治してしまうぞ」
 三穂津は斎火をみた。
 その名はたしか、神代の伝説で聞いたことのある果実のものだ。だがそれが目の前にあるなどと信じられない。
 まさか、と言いかけて口をつぐんだ。
 斎火の存在が、神そのものであることに気づいたのだ。
 「これが欲しいか三穂津。この実を砕いて塗れば、お前の額の傷跡などたちどころに消えてしまうぞ」
 「なっ?!」
 カッと顔を赤らめた。
 めったに前髪をあげて見せようとしない三穂津は、額に思わず手をおいてしまった。気にしていないとは言っても、女性の身なのだ。気にならないわけがない。
 「わ、わたしくはそんなものなど――っ」
 キラッと斎火の眼が光った。
 その瞳にあるものに気づき、三穂津はようやく彼が怒っていることに気がつく。
 「これはオレの玩具だ。オレがどんなに泣かし傷をつけてもかまわぬ。だが、ほかのものが手出しをすることは許さぬぞ」
 「あっ――」
 「お前では役不足だな。背後にいるのはだれだ?……こんな姑息な手を使うのを好むのは、たぶん千頭王鬼ではないのか?」
 体の髄の髄までふるえがはしる
 すべての企みを見透かされたような恐怖だ。硬直したまま震えて動けなくなってしまった。
 三穂津はこれほど恐怖したのははじめてだった。
 今まで見てきたどんな魔物よりも怜悧であり、魔力の波動が壮大で、底が読めないほどの思惟の深さが、ひたすらに恐ろしい。
 どんなに凶悪な顔をし、いかめしい魔物であってさえ、彼女はこれほどの恐ろしさを感じたことなどなかった。
 怯えすくんでいる三穂津にかまわず、斎火は背後の闇に嘲笑するような目をむけた。
 闇がざわざわと揺れて、斎火の眼光に耐えられなくなり霧散してしまっていた。




 千頭はたいして悪びれもせず、丁重な口調とはうらはらに、しれっとした態度で言った。
 「さすがは四天魔王、斎火様でございます。わたくしのような瑣末な魔物では、とうていあなた様を騙せるとは思うておりませんでしたよ」
 まるで斎火が来るのがわかっていたかのような口調であった。
 闇の静寂(しじま)にたゆたうように、三穂津たちの動向をみはっていた千頭王鬼を、斎火がいきなりつかまえた。
 かなり機嫌が悪いらしく、笑っているはずの口元がひどく残忍にゆがんでいて、笑みに抑えられているぶんだけ、凄みをましている。
 「だれの差し金かはしらぬが、このオレにいらぬちょっかいを出すとはよい度胸だな」 
 「い、いえいえ。――ただ魔界におわしまするみな様が、斎火様のことをご心配なされておられるのでございますよ。なにやら、ずいぶんと毛色のかわった玩具に夢中におなりのようでございますゆえ」
 「魔界の者など知ったことではないわ。オレは、・ ・ ・ ・このオレのすることに口出しは無用だと言っているのだ。お前の耳は聞こえないのか、千頭よ」
 その一言で、軽口をたたいていた千頭王鬼の体が磐のようにかたまった。
 睨まれた眼光のままに、だらだらと汗がふきだしてくる。
 「おまえらは、北斗をただの子供とおもうているのか?」
 「えっ、それは……?」
 斎火がニヤリと笑った。
 「あやつの意識のなかにひろがっている宇宙は、広くてあたたかいぞ。あの心地良さがわかからぬ者がいたとしたらただのバカだ。父王とて、閉じ込められれば出てこれなくなるやも知れぬ」
 「黒天王様が出てこられぬ?!まさかそんなことが――っ」
 「ならおまえが試してみればいい。はたしてあの宇宙から出てこれるかな」
 とうてい信じ切れぬとばかりにの千頭王鬼は首をふった。
 斎火の意味ありげな言葉にゾクッとしながら、半信半疑のまま無理にうかがって見せている。
 「悪い冗談でございますよ。あのような子供にそんな力があるなどと言って、わたしを脅そうとしても無駄ですよ。それくらいわたくしでもわかります。もちろん、これ以上あなた様のお気に入りの子供に手を出そうなどとは……」
 「北斗が、オレのお気に入り?」
 声の調子が低くなった。
 「そ、そうでございましょう?天狼剣をゆいいつ扱える者として、契約の印まで与えているのですから。――そういえば、なにやらあのヒミカの巫女姫に似ているような……」
 言いかけてから、青ざめて口を閉ざした。その名前を彼のまえであげるほど、大きな失態はなかったのだ。
 斎火の霊気が怒涛のようにまし、千頭の固い膚がチリチリ焼けていた。
 「おまえは、ちょっと口が軽すぎるようだな。愚か者では、長生きはできぬぞ」
 「も、申し訳ございませぬ。――出すぎた口をききましてっ!どうぞひらにお許しを!」
 「おまえがなにを思うておるのかは知らぬが、北斗につけた手の印にこだわるほどのこともないであろう。アレは、オレのものだという所有の印をつけたまで。主人をすぐ忘れるバカ犬に目印をつけてやったにすぎぬ」
 「さ、さようでございましたか。し、失礼いたしました」
 「おまえも主人にはよく云っておくがいい。よけいな手出しは無用だとな。それから、オレは魔のほうが性に合っている。そうそう善へなど変わりはしない。父によう云うておけ」
 魔界の盟主にすら、ぞんざいな口のききよう。
 千頭王鬼はただ深々と頭をさげるばかり。
 「そうあることを眉輪黒天王(まゆわこくてんおう)様も、わが主も願っておいでです。あなた様は、『空白の座』を占めておられるお方ゆえに」
 「くどい!」
 一渇すると、不機嫌だった顔がさらに不快にゆがめられ、殺気が鎌イタチのように空気を切り裂きはじめた。
 さすがの千頭王鬼もかなり立場が悪くなったことを悟りビクビクと逃げ腰になる。
 力の半分を封印されているとはいえ、その力はしょせん、千頭王鬼の及ぶところではないのだ。
 「オレにとっては親兄弟など、なきに等しい存在でしかない。オレの邪魔をするなら殺すまでだ」
 恐ろしげなことを言う斎火に、もはや逆らうこともせず平身低頭したままだった。
 斎火のその言葉が、いかに真実かということが、いやというほどわかっていたからである。
これ以上よけいなことを言って、命がなくなることを怖れた千頭王鬼は、矢のように去って行ってしまった。


        

 三穂津は北斗の部屋を辞し、自分の部屋に入るなり力尽きたように膝をついていた。
 どうにか自室にもどるまではとふんばったが、それも限界である。まだ手が震えている。
 恐ろしかった。恐ろしくて、そしてひどく屈辱的だった。今だかつて、これほど自分を恐怖させた存在はいない。
 あのむくつけき相貌をした千頭王鬼でさえ、易々と手なずけ、來招山に棲んでいた鬼たちの首領、黒炎鬼を珠にかえるときにあってさえ、その自信は失われはしなかった。
 どんな魔物も、みずからの力の糧にし、さらに力を増しているというのに、斎火の前にあるときだけは、無条件に逃げ出したいと思ってしまうのだ。
 「このわたくしが――」
 荒い気性そのままに、激した三穂津は首の玉をにぎって紐をかききった。床になげつけ、珠がバラバラひろがってゆく。
 「許さない!あの男許しはしないっ!このわたくしをこれほどまでに畏怖させた屈辱、わすれはせぬ――っ」
 玉匣にはいっている多々の宝珠を握りしめた。
 まるで珠のもつエネルギーのすべてを吸い取ろうとでもいうかのように力をこめる手には筋が浮いている。
 ――そうだ、負けたくはなかろう三穂津姫。あの頃のように、出来損ないのクズでのろまの、つまらない小娘にもどりたくはなかろう。
 「いいえ、いいえ戻りはせぬっ!」
 ――力こそすべてだ。力ある者だけが選ばれるのだ。負けたくなかろう。姉に、また負けるのはいやであろう。
 「わたくしは負けやしない。どんな相手だろうと、絶対負けない。昔になんて戻るものですかっ!」
 三穂津の心の隙間をつくようにささやきかけているのは千頭王鬼だ。
 千頭は不安になる三穂津に、何度も何度もささやきかける。
 魔のがわへと惹きつける手段ひとつとして、己の力を増幅させるために、妖魔を封じこめて珠をつくる術を教えた。
 さらにはその力を使って都をまもり、比良王を、真の王とするべく世を統一するのだという野望を吹きこんだ。それだけが唯一、姉を見返す方法なのだといって。
 三穂津は容易に声をききいれた。それからは遮二無二に珠をつくりつづけた。
 「三穂津姫、いる?」
 三穂津はその声にハッとして我に返った。
 比良王のいつもと変わらない優しい声だった。
 彼だけが、怒りにささくれ立っている心を和らげてくれる。いつだって、優しい王だけが、三穂津を頼りにしてくれ、必要だと言ってくれるのだ。
 だからこそ比良のために、なりたい。なんでもしてあげたい。
 三穂津は畳を引っかいていた手が、赤く充血していたのにきづき、握りしめた。
 障子の外から遠慮そうな声がいう。
 「三穂津、気分が悪そうだったって女官たちから聞いたんだけど……大丈夫?」
 「ええ、ええ比良王様、大丈夫です。ありがとうございます。――どうぞお入りになってくださいませ」
 「うん」
 比良の笑みがぞいた。ほうっと三穂津は胸に溜まっていた黒い息を吐きだした。
  ――わたくしは絶対に負けない。この方のためにも、だれにも負けはしない。
 三穂津は心の中でかたく誓うと、にっこりわらい、比良様のために座をあけたのだった。 





 目が覚めたとき、北斗はなぜだか斎火の膝に抱かれているのに気がついた。
 大きなふところ顔をよせ、子供のように安心しきった顔をして、ずっとここで寝ていたのだ。
 北斗はビクビクしながら斎火の様子をうかがう。きっとまたバカだのガキだのといって怒られるのだろう。
 なのに、おどろくほど優しい顔をした斎火と目があい、北斗は真っ赤になったまま動けなくなっていた。
 「一晩中、またボクを抱えててくれたのかなあ?」
 おそい朝食の膳に手をつけながら、北斗はボソリとつぶやいた。
 斎火はまたいなくなっていた。
 目をさました北斗は、斎火の温もりがすぐそばにあることにほっとしたのか、そのまままた眠ってしまっていたのだ。
 次に目覚めたときには布団のなかに寝ていた。すでに斎火の姿はなかった。
 だから朝食といっても、ほとんど昼食にちかいものである。
 「そういえば、なんだか昨日は斎火がとても優しかったような気がするけど、まあそれも、きっと夢なんだろうな」
 自分のはかない願望かもしれないと思っていた。
 北斗は時たま、斎火のような強大な存在が、自分などと一緒に居てくれるのが信じられなかった。
 きっと、いつも心のどこかに、斎火に置いてゆかれるかもしれない、いらない、と捨てられるかも、という思いがあったのだろう。
 いつの日にか、本当は弟の聖月が、天狼剣の真の持ち主であり、北斗はただの間違いであった、用などもはやない、切り捨てられる不安があったのだ。
 それはぬぐいようのない劣等感であり、小さいころから植えつけられている自信のなさは、そうそう簡単には消えはしない。
 不器用で、母の手伝いがしたくても、北斗はどうしても聖月のように上手くは出来なかった。どちらかというと気の短く厳しかった母親には、目に障るからあっちに行けとよく云われていた。いつも当たられ役だった。
 きっと苛々させていたのだろう。
 若い母親が、たった一人で、父親もさだかではない子を育てるのである。癇癪のひとつでも起きてもしかたがない。
 それでも最後まで、彼女はだれにも父親の名前はあかさなかった。
 もちろん北斗にもだ。
 何があったのだろうと、時々は思った。けれどどんなに想いを馳せても、北斗には到底わかりはしないことなのだ。
 それでも、母の翠はようやく、聖月の父親と結婚して楽になれたのだ。
 義理の父も、北斗の存在を知っていながら母と結婚してくれた優しい人だ。
 首長の三男坊であるが気のいいのんびりした性質で、決して北斗を粗雑にはあつかわなかった。
 だからこそ北斗は、自分の存在をよけい引け目にも感じてしまった。
 「ほんとうはボクは、あそこから出たかったんだ。家からも、村からも逃げ出してしまいたかった」
 逃げ出して、どこかに行ってしまいたかった。
 父なし子とからかわれるたびに、つらくてつらくてたまらなかった。
 なんの遠慮もなく父親に甘えられる聖月たちが羨ましくて、そこにはいる場所がなかった。
 ――あの残忍で恐ろしい(ひと)に、ボクは連れていってもらいたかった。最初から惹かれてたんだ。
 ひどく傲慢で自信家で、怒るととんでもなく酷いことを平気でする。
 そうかと思えば優しいところもあり、昨夜のように、熱にうなされていたりすると、ずっと抱いていてくれたりもする。
 「ボクもよくわからないよ、ほんとうの斎火って」
 「なにがよくわらかないんですの、北斗様」
 音もなく障子戸があいたかと思うと、遠慮もなく入ってきたのは三穂津であった。

 「お加減はよくなりまして」
  三穂津はおどろく北斗など気にしたふうもなくすましている。無意識のうちにビクッとすくんでいて、北斗は悪いことをしたわけでもないのに、身体がすでに逃げる体制である。
 「み、三穂津姫……」
 「斎火様の、何がよくお分かりになりませんの北斗様。あれほどご一緒におられるのに」
 「えっ、あの?」
 「熱をだされるなんて、ずいぶんご負担がかかってらっしゃるのではありませんこと?まあ、あれだけの方ですものねえ、とり憑かれていれば、精気を吸い取られているも同じことだと思いますわ。それに、それだけの才覚のないお方でしたら、きっとそのうちすべての生体エネルギーを吸いとられて、死んでしまうかもしれませんわね、怖いこと」
 からかうようにホホホッと笑う。  
 「ま、まさかそんなことっ」
 「あら、そうではないと絶対におっしゃることができて?だって、相手は魔ですのよ。なにを思っているかわかりませんわ。それに先の世にあっては、すべての国や領土を壊滅させようとした恐ろしい存在の方。北斗様こそなにか勘違いなさっているのではなくて」
 あざけるように言われると、さすがに北斗も返す言葉がでなくなる。
 そんな風に思ったことがあまりなかった。
 自覚もなかったけれど、よく考えてみれば、確かに誰よりも危険な存在なのかもしれない。
 「でも、でも斎火は、いまはヒミカ様によって封印されているんだから、そんな酷いことはできないはずだよ」
 「でもあなたはその封印を解くために珠を集めていらっしゃるのでしょう。それを止める立場にあるにもかかわらず、一緒にまわってらっしゃるだけじゃないの」
 「そ、それはっ……」
 「はっきり言うわ。あなたには天狼剣を扱う資格がないのよ。この国の存亡の危機だというのに、出来そこないの子供が聖剣をもつなんてとんでもないことよ。北斗様、ではあなたにはこの地上のすべての人民の命を、保証することができるとおっしゃるの?それだけの覚悟と強さはおありなのかしら」
 北斗は挑むようにいわれ、睨まれて息をんだ。
 「わたくしにお渡しなさい」
 「えっ…?」
 「天狼剣をわたくしにお渡しなさい。わたくしならばその剣を――あの男を御することができるわ。いいえ、わたくしでなければ、できなはしないのよっ!」
 北斗はぐっと詰め寄られた。
 だが枕元においてあった剣をあわてて手にとり、後ろ手にかくす。殺気だった三穂津に弱々しく首をふった。
 「これはこれはボクのだから、渡せないよ」
 「おまえにその資格などないと言ったであろう!渡せ、渡すのだ!自分がどれほど愚かかわかっているのか?!」
 うってかわったような三穂津に、北斗は小さな子供がただいやだと首をふるように、一生懸命に拒んでいた。
 「ええい、強情な!」
 三穂津は柳眉を逆立て、鬼よりすさまじい形相のまま唇を噛んだ。
 パンッと扇子で頬を叩く。
 「あっ…」
 北斗の頬に、一筋の朱の線が走り、ツウッと血がたれた。
 根元の金具がひっかいたのだ。
 「ならば勝手にするがよい。わたくしがせっかくおまえから、重荷を解いてやろうとしておるのもわからずに。後でどのようなことになっても知らぬぞ。覚悟しておくがよい」
 憤然と、北斗を睨みつけると、三穂津は怒ったまま背をむけ去ってしまった。
 「いやだ。絶対にやだ。斎火はボクの……」
 北斗はへたり込んだまま剣を抱えていた。
目から落ちた涙が、天狼剣を濡らしていた。




 落ちこんでいる北斗にむかい、ふらりと帰ってきた斎火がだしぬけに云った。
 「用意が出来たから、遊びにゆくぞ」
 「さ、斎火?」
 どこへ行くとも言わず、北斗の返事の有無などおかまいなしで、斎火は北斗をかかえた。
 都全体がみえる上空へとあがってゆく。
 支惟国にきてからというもの、斎火は勝手に動くことが多くなっていて、こんなふうに北斗を連れ出すのはひさしぶりだった。
 ひとりだけで突然出ていったきり、何をしているのだと聞いても、もちろん答えもしなかったのだから、北斗も問わない。
 「さ、斎火こわいよぉ……っ」
 北斗は斎火の首に夢中ですがりついていた。
 不安定な空中で頼るものといえばひとつしかない。つややかな黒く長い髪が顔をくすぐてむず痒いのにも我慢しながら叫ぶ。
 「ど、どこにいく気なの、こわいよお」
 「オレが支えているんだ。怖いはずがなかろう。落とすとでも思っているのか?」
 意地悪く、信用性のうすい台詞をはきながら、本気で北斗から手をはなそうとする。
 親猫から放されまいとして、必死で爪をたてる子猫のように泣きべそをかき無我夢中ですがりつこうとするのだが、身体はおどろくほど軽くなっていて、気がつけば、身体がふわりと浮いていた。
 それでも北斗は斎火から離れようとはせず腕にしがみついていた。
 「こんなところに連れてきて、なにして遊ぶんだよ」
 くすんと鼻をすすり、まだ遊ぶといった斎火の言葉を疑っていない。
 斎火は北斗の鼻をつまみながら、
 「ここ何日間で、面白い細工をしておいた。まあ見ているがいい」
 都を大きく縦断している川にさしかかった、弓なりの橋を指差す。
 なにかが時々、光っているように見える。
 「あそこが、魔物どもが入ってくる次元の裂け目だ。三穂津のやつめ、千頭などに踊らされ、わざわざ魔をよびよせる魔方陣を、妖力の珠でつくったのだ。まったくバカな女だ。利用されておるのもわからずに」
 斎火はこれから起こるであろうことを期待してか、愉快げに享楽の笑みを浮かべている。
 北斗は底知れぬ不安を抱きながら、ただそこをじっとみていた。
 斎火から流れてくるエネルギーに包まれているうちに北斗の視界が変わってゆき、都全域に敷かれている魔方陣が浮かび上がって見えてきた。
 怪奇な文様であった。
 蜘蛛の巣をはるように、数分のたがいもない方陣は、複雑で幾何学的にさえみえてどこかしら美しい。
 ゴウッという空気のうねりが聞こえた。
 橋のたもとに黒い裂け目がはしった。
 そこから魔のにおいのきつい風が流れこみ、川の流れが逆流するかのような大きな衝撃が襲う。
 まるで人の住む、「都」という絵の上に、目に見えない薄墨を流しこみ、魔界の色に染めあげているかのようだ。
 肌が粟立った。巨大ななにかが、そこに足をかけ、こちらに入りこもうとしているのがわかる。
 北斗は身体が冷たくなる。
 それは無限ともいえる暗黒のエネルギーだった。
 それにあわせ、爆撃のような振動がはしり、数の魔物や、異形の者どもが、こちら側に侵入してきた。
 先頭に立っているのは、切り立った岩のように屈強な体躯をした男だった。姿形は麗しいばかりではあったが、そこからは死の匂いがただよっている。
 「はじまるぞ」
 斎火が楽しそうに言った。それが合図だった。
 闇が霧散するのに合わせて、かれらが各地に散りはじめた。
 いや、はじめようとしたのだが、その寸前、都に形作られていた魔方陣形の珠から、一斉に光を放たれはじめた。
 天に向けて、鋭いエネルギーの矢とも思えるものが無数に湧きあがってゆく。
 斎火の魔方陣に、知らず閉じ込められていた魔物たちは、無惨なままにエネルギーの矢に貫かれていった。肉片の一粒さえ残らず砕けちり、魔物の死の饗宴がはじまる。
 止まりがつかないように次元の裂け目からどんどん這い出してくる魔物たちが、みるみる殺されて血の雨となって降り注いでいった。
 阿鼻叫喚の悲鳴が響きわたり、北斗はそのおぞましさのあまりに耳をおさえ、うずくまりながら固く目をつぶった。斎火に抱きついていた。
 「こわいよォ。やだよォ、こわいぃッ……」
 「馬鹿者どもめ。オレを欺くような布陣など敷くからだ。これで少しはヤツも懲りよう」
 「斎火?」
 「多少日にちはかかったが、そこいらの魔物では逃げだすこともできぬ魔方陣の形に敷きなおしてやったからな。魔王族のみ知る『滅殺の陣』だ」
 彼がここのところ姿を消していたのはそのためであったのだ。
 北斗は恐ろしかった。斎火が、この時ばかりは、ほんとうに恐ろしくて怖くて、身が凍るようだった。
 同族を殺しているというのに、憐れみの情ひとつなく、まるでなにかの余興でもみているかのようなのである。
 愉快そうなその笑い声は、五臓六腑にしみわたるほど冷たくておぞましく、北斗を心底から恐怖に震撼させていた。
 「殺せ殺せ――ッ!もっと血の雨をふらせもっともっと狂い死ね!」
 斎火は狂気の笑い声をあげていた。北斗の怯えになど気がついていない。
 見た目はどうにせよ、中身はまだ十二才の少年でしかないのだ。こんな地獄絵巻をみせられれば、怖くない方がおかしいのである。
 慌てふためく魔物たちは、逃げ場を求め、右往左往しながら、天空で残忍な笑い声を上げている斎火に目をとめると、口々に雄叫びをあげていた。
 「斎火様なぜなのですかっ!」
 「斎火様どうしてこのようなことをっ!」
 「あなたは我らが王と同族ではなかったのですか。なぜこんな――!」
 斎火は冷淡に言った。
 「恨むならきさまらの王を恨むがいい。きさまらぐらいのザコなど、はいてすてるほどいるのだ。だが、そんなクズのような命でも、オレを楽しませることができたのだ、幸せに思うがいいぞ、きさまら」
 斎火の足元に、血まみれになりながらたどりついた妖魔の男を、容赦なく蹴飛ばした。
 「下級の魔物が、気安くオレに触るかっ!」
 充分、大将級である上級魔をひきよせると、睨みつけてくるその目を指でえぐった。血の糸をひいている眼球をペロリと舐めた。
 北斗はその姿の恐ろしさに意識が遠のきかけた。誰にいうでもない、祈りの声をあげた。
 ――おまえなど誰にも選ばれぬ。できそこないのクズめ、用などない、死んでしまえ!
 ――おまえのかわりなどいつでもいるんだ、さっさと消えろ、目ざわりだ。
 どこからか聞こえてくる声が、まるで斎火のもののように聞こえる。
 悲しみの渦が、身体の中からゆっくり沸きおこり、北斗の意識をおおってゆく。どす黒い悲しみの蛇が、大きな体で北斗を巻き込んでゆくかのようだ。
 身体が、何者かによって拘束されたような気がした。
 急に動けなくなっていった。
 いや、動いていた。勝手に口だけが――
 「おまえは悪魔だ……」
 「なんだと」
 「おまえは邪悪な魔物だ」
 意志とは関係なく、北斗は斎火を睨みつけている。燃えるような恐ろしい目をした斎火を見返してさえいる。
 「おまえは心根の奥底からおぞましい悪魔だ。なぜ甦ってきたのだ。おまえなどこの世にあってはならない存在だ!」
 「誰にむかってその暴言を吐いておるのだ北斗?きさま、命はいらぬのか?!」
 足下の狂乱など、もはや遠いことのようだ。
 切れるような殺気が斎火から渦巻き、まなじりが怒りに赤く染まっている。
 射殺されそうな視線。
 きっとそれだけで、本来の北斗なら気を失っているにちがいない。いや、心臓が恐怖に止まっている。
 けれど口だけが勝手に言葉をつづっていく。三穂津に切られた頬の傷が、なぜか焼けるように疼いていた。
 「おまえのような悪魔にとり憑かれているのかと思うと我慢ができぬ。おぞましくて震えがくるわ、去ってしまえ悪魔めっ!」
 いつのまにか北斗は宙に一人でういていた。挑むように吐き出す。
 「闇に去れ悪魔!二度と・ ・オレのまえに顔をだすな!」
 腰に佩いてある剣をとりだした。斎火に突きつけた。手に施された朱色の印が熱く燃えあがり、刀から煙があがっている。
 「貴様――」
 「斎火、この場で殺されたくはないだろう。・ ・オレを地に降ろし、どこへなりと行くがいい」
 剣を――鞘を北斗は振りかざした。そのままなぎ払うだけで、斎火の髪が数本風に舞ってゆく。
 「よかろう北斗。おまえがそのつもりならば望みどおり消えてやる。だがな、後悔するなよ。このオレを解き放ったのはおまえだ」
 斎火はそのまま飛び去っていってしまった。
 北斗はただ恐ろしいほどの速さで落下していったかと思うと、連れられていったときと同じ王城の中庭にひとりポツンと立っていた。
 「斎火……?」
 拘束は解かれて、口がやっと北斗の意識を声にした。
 頬が焼けるように痛かったが、それ以上に胸が苦しくてたまらない。
 遅すぎた。斎火は本気で去ってしまった。
 怖れていたそれは、自分自身によって、本当に起きてしまったのだ。
 「・ ・ボクはどうしちゃったんだ。なんで、口が勝手にあんなこと言うんだ?」
 自由になった北斗の目から、涙が滂沱と流れ落ちていった。
 北斗はだた、声も立てずに泣いていた。
 「わからないよ。どうして、どうして――?斎火ぁ」
 いつまでたっても涙がとまりそうにもないのは、きっと、斎火を失ってしまったという事実を、北斗自身が痛いほど受け止めているからだ。
 天狼剣だけが、まだ手のなかに淋しく残っていた。




 こすりすぎて鼻は真っ赤になっていた。
 目は充血して腫れあがり、視界は朱の膜がかかっている。
 あれから数日が過ぎたというのに、斎火はやっぱり戻ってはこなかった。
 北斗はまるで呆けたように、ぼんやりとして部屋にこもったままだで、ただもうどうしていいかもわからず、保護者を不意に失ってしまった子供そのままに、ご飯もろくに食べず、ずっと泣いていた。
 起こったことの意味を受け入れることが、まだできない。
 ――あのときボクはどうしちゃったんだろう。急に体の自由がきかなくなって、それから、口が勝手にあんなことを……
 何度考えても分からなかった。
 あんなことを言うつもりなどこれっぽっちもなかった。
 それとも無意識のうちに思っていて、それが不意をついて口に出たとでもいうのであろうか。
 斎火のあんな顔を見たのは初めてだった。 
 本気で殺されるかと思った。どんなに怖い顔をしても、無惨に敵を殺し引き裂いていてさえも、北斗にだけはどこか違ってみえた。
 カタリ、と障子戸がなった。
 「斎火?!」
 目を輝かせその名を呼んだ。
 だがひとの気配はそこにはなく、ただ風がきまぐれに戸をたたいただけである。
 北斗は一人ということの恐ろしさを些細なことからも、身に染むように感じていた。
 どんなに暗い夜でもそれが怖いとは思わなかった。
 野宿しても、壊れかけたあばら家にとまっても、それが危ないとか恐ろしいとは思わなかった。
 いつもあたたかい斎火の強い腕に抱かれ、ぐっすり眠っていた。
 闇は怖いものではない。嵐の日も、魔物が不意に襲ってきたときも心の奥底では、たぶん大丈夫なのだと信じていたからだ。
 斎火がそばにいてくれるということだけで。安心していられたのだ。
 ひとりで過ごす闇がこれほど恐ろしいものだとはしらなかった。それほど斎火を頼り甘えていた。心にぽっかり穴が空いてしまった。苦しくてしかたがない。
 なんの断りもなく、戸が乱暴にあけられた。
 立っていたのは三穂津だった。
 「……三穂津姫」
 部屋にこもっていた北斗には、外の光がまぶしく見えた。光に包まれた三穂津の表情が、いつにもまして険しく恐ろしくみえてしまう。
 「斎火様は、とうとうあなたから去ってしまわれたようですわね、北斗様」
 情けないほどビクリと反応してしまった。
 「思っていた通りですわ。あなたはその剣で斎火様を封じ、御さねばならぬ身でしたのに、自ら危険な魔を解き放ってしまわれた。まこと才覚のない者が、驕り高ぶり、伝説の剣を身にやつそうなどとするから、このようなことになるのです。まったく情けないこと」
 あきれたように息をつき、蔑んだ眼差しをもはや隠そうとしない。
 「斎火様も、とうとうあなたに見切りをつけられたのですわね。その無能ぶりには飽きたのよ。どうするおつもり?どう責任をとる気なの北斗様!!?」
 責めるような、見捨てるような物言いに、北斗は身をかたくした。
 ゆっくりとつめよってくる美穂津の背後に、何かいやな黒い意識を感じ、ブルリとふるえる。気のせいなのだろうか。禍々しい気配を感じる。
 「よこしなさい、その剣を――」
 「えっ……?」
 ぞっとするような冷たい霊気が北斗にふきつけられた。
 体をしばるように絡んでくるのに、思わず悲鳴をあげそうになる。
 「さあ、早くよおこしっ!」
 「やだ、よ」
 「北斗!」
 必死だった。
 もうこれを取り上げられたら、斎火とは本当に終わってしまう気がする。
 思いもしない怪力ですがりつく三穂津は目を吊り上げ、容赦なく蹴り上げてくる。
 「出来そこないは出来そこないらしく、人の後ろに隠れていればいいのよ!なんの努力もなく力を手に入れたものは、その庇護がなくなればただのクズに戻るしかないのよ!おまえなど、どうせ弟の株をうばっただけなんでしょう。わたくしは知っているのよ、おまえのズルさも卑劣さも、身勝手な強欲も!」
 「ちがうっ!ちがうよ!ボクは聖月から奪ったわけじゃない。ただ、ぼくは――」
 「いいえっ、おまえは奪ったのよ。選ばれた者でもないのに、我欲のままに取り上げたんだわ。おまえは略奪者だ。弟の生まれのよさも、才能も、すべてを嫉み恨んでいた、卑劣な負け犬でしかない!」
 「そんなこと、ない……」
 「おまえなどに天狼剣を持つ資格はない。おまえは敗者なのだ」
 苦しげに耳をおさえうずくまる北斗の手から、強引に天狼剣をうばいとった。
 「おまえのように母親にさえあきれるられる出来損ないが、一人前のような顔をするからこのような事態になるのだ。身のほどを知れ!」
 まるで北斗の幼いころを見知ったような口ぶりである三穂津だったが、なぜかそれ以上の憎しみのようなものを感じてしまう。
 北斗をののしることで、彼女の中にあった劣等感が触発されてしまい、さらに爆発したような、まるで近親憎悪のような苛立たしさが含まれている気がする。
 「天狼剣をもたぬおまえなどに用はない。どこへなりとも消え去るがよい。おまえのような役にも立たぬただの子供に、ただ飯をくわせる義理はないわ」
 奪いとった天狼剣を手にした三穂津はきびしくいいすてる。
 やっと手にした剣の、比類ない象嵌のうつくしさに満足げに溜息をついた。
 「出て行け。これさえ手にはいれば、もはやおまえは邪魔者にすぎぬ。多少なりとも剣が強いか、さもなくば鬼道でも身につけておったなら使い道もあっただろうが、そのように性根のすわらぬ愚図など、どうしようもないわ」
 美穂津はさすがに何の反応もしなくなってしまった北斗の様子に気づき、うつむいている北斗の顔を乱暴にのぞきこんだ。
 なんといっても相手は十二才の子供である。
 まるで魂でもぬかれたかのようにおとなしく座っていた北斗はぴくりともしない。
 なぜかしら、いつもの北斗とちがっているようにみえてきた。
 三穂津の目が、段々と大きく見開かれていった。その顔が驚愕の色を浮かべたとき、それが起こり始めていったのだった。


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